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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
七の章 再会、そして奥宮へ

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弐佰参拾肆

 

 くるりと体の向きを変え、煌姫が秋穂に背を向けた。

「……わたくし、夏の宮へ戻ります」

 消え入りそうな声にはっとし、朱夏は後ろを振り返った。

「待て、煌。一人では……」

「お気になさらないでくださいませ……朱夏さまが、あちらの御方を大切に想われているのがよく、わかりましたから……」

 涙の滲んだ声に焦燥感を覚え、朱夏は大股に煌姫に歩み寄った。細い肩に手を置いて、強引にこちらを向かせる。

 薄桃色の瞳に涙が溜まっていた。だが、決して泣くまいとしているように、震える唇は引き結ばれている。

「煌……」

「秋穂を……打つほど。それほどっ、愛されておいでなのでしょうっ?」

 無理に笑おうとして失敗したように、煌姫の表情が歪む。

「これ以上、惨めな思いをする前に、わたくしは戻ります。勝手をしまして、申し訳ございませぬ」

 目を伏せた煌姫は、朱夏の視線から逃れるように身を捩った。思わず抱き寄せそうになり、ここが奥宮の回廊であることを思い出した朱夏は唇を噛む。

「せめて、警護をつける。一人で宮中を歩かせることはせぬ」

「……お心遣い、感謝致しま……」

「あー!ちちえー!」

 煌姫のか細い声に被せるように、聞く者の心を癒す元気な声が響いてきた。

「しっ、親王さまっ。なりません。今、お父上さまはお忙しいのですよっ」

 焦った声も追いかけてきたようだが、朱夏の肩から力が抜けるのには十分だった。

「やーっ!ちちえ。ちゅんめぇといっちょー!」

 煌姫の肩から手を離し、朱夏は口元に笑みを作って振り返った。

 乳母の手をすり抜け、春明が内庭から屋内へと入ってくるところであった。硝子窓越しに東屋へ朱夏は目を向けた。こちらへ駆けてこようとする和沙と、慌てて立ち上がろうとして浪嶺に支えられている舎利の姿が視界に映る。

「ちちえ。ははえといっちょ。ちゅんめぇもいっちょ!」

 上機嫌で駆け出そうとする春明を、床に蹲ったままだった秋穂がぎろりと睨む。春明に飛びかかろうとするのと、それを汐之が押さえ込むのが同時であった。

「ぐ……っ」

 床に押さえつけられた秋穂が、潰れた蛙のような声を上げた。その聞いたこともない恐ろしげな声に、春明の動きが止まる。

 群青色の瞳を精一杯見開いて、秋穂と押さえつける汐之を見つめている。

「じじ?いたいいたい?」

 苦しそうな表情の秋穂を心配げに見やって、春明が汐之に近寄ろうとした。

 汐之の視線にはっとして、朱夏は息子に駆け寄った。伸ばされた手が秋穂に届く前に、己の胸に抱え上げる。

「ちちえ!」

 驚きに口をぽかんと開ける春明の表情に安堵し、朱夏は息を吐いて微笑んだ。

「春明。母上と茶を飲んでいたのではないのか?母上を置いてきたのか?」

 硝子窓の方を向かせれば、春明が「あっ」と口を両手で覆った。

「ははえ。わちゅれ、ないない!」

 ぶんぶんと頭を振る春明を撫で、朱夏は内庭の出入口へと歩み寄った。


 浪嶺に手を引かれ、舎利がようやく内庭から奥宮内へと入ってきた。膨らみ始めた腹を撫で、ゆっくりと歩いている。

「茶の時間を邪魔したか?済まぬな」

「いいえ。そろそろ、部屋へ戻ろうかと思っていたところですわ」

 朱夏に微笑んでみせた舎利だが、回廊の様子を気遣わしげに見やる。

「あの、今上さま。その……」

「済まぬ。其方が気にすることはないから」

 言いたいことも聞きたいことも山のようにあるであろう舎利は、朱夏の言葉に頷いて春明の頭を撫でた。

「さあ、春明。父上さまはまだお忙しいですからね。母とともにお部屋へ戻りましょう」

「やーっ!ちちえも、いっちょ!」

 朱夏の腕の中で両腕を振り回す春明に、舎利が困ったように眉を下げた。後ろに従ってきた浪嶺に視線を向ける。

「浪嶺。春明を連れて来てちょうだい」

「かしこまりました。さあ、親王さま」

「やーよっ!」

 ぶんぶんと手足を振り回す春明に、浪嶺の後ろから頼もしい声が掛かった。

「まあまあ、親王さま。やはり和沙がお抱き申し上げる方がお好きですわねぇ?」

「かじゅちゃ!」

「はいはい、和沙でございますよ。浪嶺よりも、和沙がよろしいですわね?」

 にこにこと笑みを浮かべて両腕を広げる和沙に、振られた浪嶺が呆れたように声を掛ける。

「お母さま、大人げない」

「まあまあ。悔しかったら、和沙よりも浪嶺がよいと、親王さまに言わせてごらんなさいな」

「お母さま……」

 諦めて溜息を吐いた浪嶺が、代わりに舎利へと手を差し出した。

「では、わたくしはお方さまをお連れ致しますわ。今上さま、御前失礼致します」

「うむ。私室に戻ったなら、内から扉に鍵をかけ、朕が行くまで決して開けるな」

「御意」

 短く答えた浪嶺の護衛としての表情に満足し、朱夏は春明を和沙に引き渡した。



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