弐佰参拾壱
唱洪の国でのこと。
亜伊夜の国でのこと。
善有の口から語られる大陸での刺激的な日々。
まるでその場に己もいるような心地で、朱夏は耳を傾けた。
「亜伊夜の国では、我が国の言葉は発音しづらいようで。私はそのまま善有と呼ばれておりましたが」
「私のことを、あちらの方々はつぃかゆぅき、とお呼びでした」
「私はつぃきたけ、と呼ばれました」
亜伊夜の国の者が四季の国の言葉を発音しづらいように、逆もまた然りである。あちらでどう呼ばれていたかを話す三名も、完璧に発音することはできなかった。
「三名とも、亜伊夜の国の王に目通りしたのか?」
朱夏の質問には善有が答える。
「私は、四季の国の外交官の長を仰せつかっておりましたから、お目通りの機会を多くいただきました」
「うむ。どのような王であった?」
尋ねられた善有が、親雪と築岳と視線を見交わす。
「以前帰国した折に親雪から少しは聞いていたが。腰に薄布を巻きつけただけの姿で、朝議の場にも姿を現すと聞いたがまことか?」
「はい。亜伊夜の国では、宮廷に仕える方々も町を歩く民たちも、皆そのような姿でおりました」
「陽射しが強く、日中の気温は四季の国とは比べ物にならぬほど、高くなります。装束を身に着けていると、暑さで倒れてしまう者もいるようです」
汐之とともに興味深そうに話を聞きながら、朱夏はさらに質問を続ける。
「其方らも、そのように肌を露わにして過ごしていたのか?」
「いえっ、とんでもございませんっ」
「私どもは、こうして装束を着込んでおりました」
「だが、暑さが堪えはしなかったか?」
気遣わしげな朱夏の言葉に、善有が頷いて答えた。
「確かに暑くはございましたが。昼の間は宮中にて過ごしておりましたので、陽射しは遮られておりました」
「それと、湯殿ですね」
「湯殿?」
親雪の言葉に朱夏が首を傾げる。
「我が国の湯殿とは、随分雰囲気が違いました」
「どう違う?」
「あちらの湯殿では、床下で薪を焚いて湯を沸かし、湯殿の内を蒸気でいっぱいに満たすのです」
「内に設えられた椅子に腰掛け、蒸気に当たって全身に汗を掻きます」
水蒸気で満たされた湯殿というものを、朱夏は想像してみた。だが、檜の湯船に浸かることで汗を流す湯殿しか知らない朱夏では、思うようにその光景が浮かばなかった。
「限界まで汗を掻き、隣に造られた水風呂という真水の湯船に浸かります」
「熱された体を、その水の冷たさで引きしめるのです」
「そうして、体の汚れを汗とともに流します」
三人がかりで説明され、朱夏はふむと頷いた。
「熱砂の国では、時間など気にせずに湯殿で汗を流すことを楽しむようでした」
「宮廷にも、あちこちに湯殿が設えられておりました」
「宮中に?」
目を丸くした朱夏に、善有が首を縦に振る。
「私どもは立ち入ることを禁じられておりましたが。後宮には、お妃さまの数だけ湯殿があるとのお話でした」
「室一人に、一つの湯殿ということか?それは何とも贅沢なことだな」
やはり現地に赴いた者の言葉は、書状で読むだけではわからない空気がともに伝わってくる。三名の語りを、朱夏は大いに満足しながら聞いたのであった。
夏煌丸を新造し、外交官を三名任命しての最大の目的はひとまず果たした。
妙葵を捕縛し、煌姫を奪還すること。それを成した三名には、帝の名で褒美を与えるつもりであった。
希望の品を聞くためにこうして三名を前にした朱夏だったが、望みを尋ねられた三名は意外な答えを返してきた。
「私は、再び大陸へ渡り、今上さまのお役にもっと立ちたいと考えます」
生真面目に答えた善有に続いて、親雪が口を開く。
「大陸で学んだことを秀聯でも活かしたいと思っておりますので、一度は領地に戻るご許可がいただきたいのですが。その後は、善有どのと同じように外交官として今上さまのお役に立ちたいと存じます」
築岳も続く。
「北領の雪中果実を使った菓子を、もっと大陸の国々で流行らせたいと思います。故郷の近くで作られた菓子ですから、次はもっと上手く売り込んでご覧にいれましょう」
地位、女、財産。
帝から直々に褒美を賜るとなれば、大抵の者はそういったものを望む。
しかし朱夏が両大臣と選んだ三名の若者は、外交官としてさらに飛躍する場を与えられることを望んだのだった。
「其方らの望みはわかった。朕が選んだ其方らだ。これからも外交官としてよき働きを見せてくれることを、無論期待している」
「ありがたきお言葉にございます」
「今後の予定は、三名で話し合い、湊刃の大臣に報告を上げるとよい。三名ともに大陸へ渡るのでも、交代制にして誰かは四季の国に残るのでも構わぬ」
三名が頭を下げて了承の意を示したのを確認し、朱夏は立ち上がった。
「長居をしたな。其方らの職務を邪魔して済まぬ。これからも、励むように」
「はっ」
声を揃えた三名をその場に残し、朱夏は汐之とともに執務室へと戻った。




