弐佰弐拾玖
朝議の場で、朱夏の正室煌姫が夏の宮へ入ったことが発表された。
だが、心身ともに疲弊しているため、重臣たちの前へ姿を現すことはまだ先のこととされる。
「やはり来年のご成人を迎えられた折に、ご正室さまには今上帝さまのお隣に並んでいただいてはいかがですかな」
重臣の一人が提案すると、皆一様に頷いた。
「左様。今上帝さまとご正室さまのご成婚は、四年前のことでございました。あの折はいまだ幼くあられたご正室さまも、成人を迎えられれば大人の女人でございます」
「此度こそ、今上帝さまとご寝所をともにしていただき、御子をお産みいただかねばなりませぬ」
「帝一族でたったお一人の姫君。いつまでも夏の宮にて過ごされるのは、警備の面でも不安がございます」
議論の行方は、朱夏の望まない方向へと流れていく。だが、彼らに反論できるだけの材料が、朱夏にはなかった。重臣たちの言う通り、公の場で並び立つのが帝とその正室としてのあるべき姿なのだ。長く国元を離れざるを得なかった煌姫を気遣い、今は大目に見ているだけのことだった。
「方々のご意見はわかりました。いずれ今上さまと湊刃の大臣とともに、ご正室さまの境遇については決定してゆきたいと思います」
締めくくった輝山の大臣が、次の議題へと移っていく。
「先日薬師の診断にて判明致しました。今上さまの第二室であられる沢利さまが、御子を身籠られました」
ざわざわと重臣たちが顔を見合わせた。
「安定した時期に入られてからの公表を予定しておりましたが、しばらくご体調が優れぬこととなるでしょう。今上さまが参列される式典や宴席に、第二室さまのお姿がないことを不審に思われぬためにも、この時期の発表となりました」
重臣の一人が手を挙げて発言の許可を求める。
「では、第二室さまは公の場にお姿を現さないということでしょうか」
「ご体調が落ち着かれるまでは、そうなります。その後は、薬師の判断を仰ぎながら、公の場へとご臨席なさるかどうかを決めて参ります」
「一の親王さまは、春の宮へ移られるのですか」
舎利の体調が思わしくないのならば、幼子とは離した方が心安らぐだろう。重臣たちの顔にはそう書いてあった。母子を引き離してやろうという意地の悪いものではなく、純粋に舎利の体調を考えての発言である。
その問いかけには朱夏が直々に答えた。
「春明は、今しばらく奥宮で養育させる」
「しかし、それでは……」
口ごもった重臣の顔を見据え、朱夏が静かに尋ねる。
「甘やかされて、かつての我が弟のようになると思うか?」
「あ、いえ。その……」
どの顔も気まずそうな表情を浮かべた。
「其方らの懸念もわかる。だが、正室が奥宮に入っていない内は、春明を春の宮へと引き離すことはせぬ。警護の面でも、第二室の心の安らぎの面でも、な」
その言葉に、重臣たちは首を傾げた。恐る恐る、手を挙げて発言する。
「その、春明親王さまがおいででない方が、第二室さまはお心安くおられるのでは?」
それが宮中でのこれまでの常識であった。旧く仕える重臣たちほど、何度も頷いている。
朱夏は小さく笑ってみせた。
「第二室は湊刃の女だぞ?旧家の者たちのように、母子離れ離れで過ごす暮らしなど知らずにいたのだ。春明とともにいる方が、第二室の心を穏やかにするためにはよい」
舎利自身は、親に捨てられ櫻花楼で育ったため、肉親への情愛などというものはあまり持っていなかった。家族への憧れといったものも、朱夏との会話で感じさせることはなかった。
だが、己が腹を痛めて我が子を産んでみて、その愛しさに慰められる日々を送っている。朱夏と三人で過ごす温かく穏やかな時間を、心から慈しんでいるようだった。
「まあ、甘やかすばかりでなく、帝の親王として厳しく育てるつもりでおる。そう案ずることはない」
「今上帝さまがそこまで仰せでしたら、我らに否やはございません」
「左様。それよりも、次の御子さまのことを考えなくてはなりませんなぁ」
「産み月は来年の春先でございますかな?春明親王さまも、ご兄弟ともに春の宮へ移られる方が、お寂しくないやもしれませぬ」
うんうんと頷き合う重臣たちに、朱夏は内心で苦笑を漏らした。舎利の懐妊は、春明の時と同じく好意的に受け止められたようで安堵したのだ。
だが、次の重臣の言葉に朱夏の眉が寄った。
「春にお生まれになられるのでしたら、ご正室さまのご成人の祝いとともに盛大な宴を催せますな」
煌姫も、春生まれの帝一族である。成人の儀のための支度は、今から始めても遅いくらいであった。
「正室は正室。第二室の産む親王は親王だ。祝いの席を同じにすることはない」
思いの外冷えた朱夏の声に、重臣たちが首を傾げた。
「何を仰せですか、今上帝さま。帝一族の方々の慶事ならば、合同にして盛大に華やかに行うべきですぞ」
「そうですとも。ご正室さまも、国中から祝われる宴席でご気分も華やぎましょう」
「それとも……よもや、ご正室さまは、第二室さまや春明親王さまを快く思われていないのですか」
その場の空気が固まった。それは、思っていても腹の内に収めておかなければならない問いかけであった。
朱夏が発言した者を冷たく見据える。
「それは、我が正室を侮辱しているのか?」
朱夏の言葉に、愚かな問いを発した重臣は震え上がった。青い顔で深く頭を下げる。
「ごっ、ご無礼を申し上げました。第二室さまご懐妊の慶事に浮き足立ち、余計なことを口に致しました」
「……今朝の朝議はこれまでとする。輝山の大臣」
「御意。それでは、方々。本日はこれにて閉会と致します」
輝山の大臣の言葉で、安堵の表情を浮かべた重臣たちが朝議の場を退出していった。




