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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
七の章 再会、そして奥宮へ

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229/297

弐佰弐拾参

 

 四季の国に初夏の風が吹いた。

 日中の気温が上がり始め、雨の日も増えだした頃、大港に夏煌丸が帰還した――。


 執務室の中をうろうろと落ち着きなく歩き回り、長椅子に腰を下ろしかけては立ち上がる朱夏を、輝山の大臣が心配そうに見守っている。

 汐之は夏煌丸の出迎えに大港へと赴いており、執務室の中には朱夏と輝山の大臣、壁際に控える烏の姿だけがあった。

「……そろそろ一行が戻る頃であろうか」

 朱夏が零した呟きに、輝山の大臣の眉が上がる。朝から、すでに五度は同じことを口にしている朱夏であった。

「今上さま。煌姫さまを乗せた輿がともに戻るのです。湊刃の大臣が急かすことはありませんぞ」

「う、む……だが、煌は早く宮中に戻りたがるかもしれぬ。それなら、汐之とて……」

「今上さま。たとえ煌姫さまが望まれたとて、長の船旅を終えられたばかりの御身です。お体に障るようなことは、湊刃の大臣は致しませぬ」

 ぴしゃりと言われ朱夏は口ごもった。輝山の大臣の言うことが正しいと、朱夏にもわかっているのだ。だが、四年という歳月を経て四季の国へ帰還した煌姫の顔を、早く見て安心したいという気持ちが抑えられなかった。

「道中で一泊し、御一行が戻られるのは明日の昼過ぎでございます」

「その一泊だが。やはり昨年の内に宿を整備するべきだったのではないか」

 朱夏と両大臣の間で何度も話し合われたことを、再び口にする孫を輝山の大臣は溜息を堪えて見つめる。

「大港までの間に高級な宿屋など建ててしまっては、ここに高貴な御方がおいでだと知らしめることになります。煌姫さまのご帰還どころか、お国を離れていらしたことさえ秘するのですから、人の口に上るような可能性を作ってはなりませぬ」

 腕を組み、長椅子に浅く腰掛けて朱夏は言い募る。

「朕が行幸の際に使う宿と、そういうことにしておけばよかったのではないか」

「仰々しく行列を仕立てて大港へ行かれることを、お厭いだったのは今上さまでございましょうに。行幸となると警護の者も大勢引き連れて行かねばなりませぬぞ」

「だが、民が使うような宿で、煌は安らげるであろうか」

 とうとう輝山の大臣が特大の溜息を漏らした。まったくもって仕事になりはしない。

「今上さま。もう本日は奥宮へお戻りなさいませ」

 烏が淹れた薬草茶を受け取っていた朱夏は、目を丸くして祖父を見やった。

「輝山の大臣?」

「そのように歩き回られては、こちらも気が散ります。煌姫さまがお戻りになるまで、特に急ぎのご決裁もないのですから。第二室さまと春明親王さまのお側で、ゆるりと過ごされませ」

 一口薬草茶を飲み、朱夏は首を横に振った。

「いや、今日は……」

「今上さま?」

「さすがに、今宵第二室の側で過ごすのは、不誠実であろう?煌が戻るのだぞ?」

「……」

 きっと、明日には煌姫が戻るとわかっていても、舎利は朱夏に不満など言わないだろう。ただいつものように、朱夏の側で微笑んで、春明を抱き上げて過ごすことになる。穏やかで優しい時間。

 だからといって、舎利が傷つかないとは朱夏には思えなかった。煌姫が戻れば、夏の宮で過ごす時間が多くなることだろう。仕方のないことと飲み込んでくれる舎利に、せめて今夜くらいは、穏やかな時を与えてやりたかったのだ。

 朱夏の話を聞き、輝山の大臣が顔を顰めた。

「入内なさった時点で、第二室さまもそのことはよく、わかっておいででございましょう。それでも、今上さまをお支えするために、こうして奥宮にいてくださるのですから。甘えてもよろしいのでは?」

「きっと舎利は許してくれるだろう。だが、朕が自身を許せなくなる」

 目を伏せ、今朝も笑顔で送り出してくれた舎利の姿を思い浮かべる。

「それに、近頃体調が思わしくないようだ」

「それは聞いておりませんぞ。どのように?春明親王さまに移る病などではございませんな?」

 瞳を光らせた輝山の大臣に、朱夏はゆるゆると首を振った。

「薬師を呼ぶように和沙に言いつけてある。念のため、春明は近寄らせないようにしてあるが」

 言葉を切った朱夏は、母と離されて不満げな息子の顔を思い出して口元を緩めた。

「まったく。和沙がいなければ、奥宮は回らぬな」

「さすがは、湊刃の大臣の乳母君といったところですかな」

「違いない」

 くすりと笑って、朱夏は執務のために気持ちを切り替えた。長椅子から立ち上がる。

「今上さま?」

「仕事をする。そして、今宵は籠宮で休む」

「……よろしいので?」

 輝山の大臣の問いに朱夏は頷いた。

「舎利からも、病ではいけないから今宵は来てくれるなと言われている」

「左様でございますか」

「何事かあれば、知らせが来るだろう」

 薬師と和沙を信じて任せることに決め、朱夏は執務机につき筆を手に取った。



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