弐佰拾捌
四日振りに朝議の場に顔を見せた朱夏の姿に、重臣たちが安堵の息を吐いた。
御座に座り、輝山の大臣より先に口を開く。
「皆、気を揉ませたな。春明の風邪も落ち着き、今朝は朝餉もよく食べた。もう案ずることはない」
ほっと緩んだ空気に満足し、朱夏は輝山の大臣に目配せした。
「よろしゅうございました、今上さま。
さて、それでは皆さま。今朝の議題は北領の新たな焼き菓子について、ご報告から始めたいと思います」
親雪が次の夏煌丸で大陸へと持参する予定の、雪中果実を使った菓子についての話であった。
開発に関われず、利益も得られない重臣たちの家ではあるが、新たな特産品についての興味は深いらしい。輝山の大臣の言葉を聞き漏らすまいと、重臣たちが聞き取りに集中し始めた。
議題の最後に夏の宮の手入れが終わったことが報告され、朝議の場は閉じられた。
執務室に戻った朱夏は、両大臣に春明の回復を祝われて微笑みながら執務机に向かった。
「父君としてやきもきなさったのではありませんかな」
からかうような汐之の言葉に、朱夏は少し唇を尖らせてみせた。
「其方とて、春明が熱を出したという知らせには慌てていたではないか」
「左様。初孫の病に慌てふためく其方を見るのは、大層面白かった」
輝山の大臣にからかわれ、汐之が降参というように両手を広げた。
「さて。大港の清津から文が届きました」
「清津から?」
汐之から手渡された書状を開き、朱夏は書面に目を走らせる。
「……そうか」
「大港からは何と?」
輝山の大臣に尋ねられ、朱夏は眉を寄せて腕を組んだ。
「夏煌丸の帰還が予定より遅れるやもしれぬ、と」
その言葉に、輝山の大臣が目を丸くした。汐之に視線を向ける。
「先日、唱洪の国が所有する船が大港に着いたのです。その船に、どうやら善有からの書状が乗っていたらしく」
「何故今上さまのお手元に届いていない?」
朱夏の元に、善有からの書状は届いていなかった。首を傾げた輝山の大臣に、汐之が困ったように眉を下げる。
「どうにも、唱洪の国の御方というのは、書類の管理が杜撰なようでして。海上の潮風で傷むというのに、書状を木箱のまま保管していなかったようなのです」
「それで、大港に着いた頃には書状はぼろぼろになってしまっていたらしくてな。清津の判断で、中身を検め読み取れた部分だけを知らせて参った」
本来ならば、帝に宛てた外交官の書状をただの港の管理者が開くことなど許されない。だが、朱夏は汐之を通して、緊急と判断できる場合は書状の中身を確認してもよいという許しを出していた。
「勿論、唱洪の国や亜伊夜の国の王から届いた親書ならば、開かずにそのままこちらへ送ってくるだろうが。外交官からの書状だからな」
「海上で何か有事の知らせであった場合、今上さまに知らせる前に海護隊を海に出さねばならぬ時もあります。此度善有がわざわざ、我が国の船でなく唱洪の国の船に書状を乗せていたことから、火急の知らせと判断したのでしょうな」
汐之の説明に頷き、輝山の大臣が朱夏に視線を戻す。
「それで、夏煌丸の帰還が遅れるというのは?」
「春に我が国にたどり着くためには、煌を乗せた船を冬の海上に出すということだ。煌の身を案じて、春の間に二月の航海を行い、大港には夏の初めに着くのがよかろう、と」
心身が弱っているかもしれない煌姫に、冬の海を二月も船で移動させることに莉羅が難色を示したらしい。
善有からの文で読み取れた部分だけを清津は知らせてきたが、朱夏が知りたい内容はすべて押さえられていた。
「成る程。それは失念しておりましたな」
額に手を当てた輝山の大臣に、汐之が取りなすように告げる。
「仕方ございませぬ。私も海上にはそこそこ詳しいとは言え、二月に渡る航海についてはそこまで考えが及びませんでした」
「まあ、夏の宮の整備は済んでいる。煌の帰国がいつになろうとも、無事に戻るならば構わん」
清津を労う返信を汐之に書くように命じ、朱夏は小さく吐息を漏らした。
近づいたと思った煌姫との再会が、思いがけず遠のく。苛立っても仕方のないこととわかっていながらも、ままならない現状に朱夏の神経がささくれだった。




