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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
一の章 許婚の姫君と、裏路地の少女

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弐拾


桜の離宮を辞し、夏の宮までの道をとぼとぼと朱夏は歩いた。

父娘の語らいの時間を多く取ってほしいからと、引き止める叔父を振り切って出てきた。

これ以上あの空間にいて、余計なことを口走るのが怖かった。

従妹姫のことは嫌いではない。明るく純粋で、一心に己を慕ってくれる従妹を好ましく思っていた。

いずれは伴侶として迎え、ともに国を背負っていく大切な相手だとわかっていた。

それなのに、いざ叔父から託されれば、心の内におりが溜まっていくようだった。どうしても忘れられない、心の奥底から消えてくれない一人の少女の面影が、朱夏を縛りつけていた。


日々の鍛錬に励み護身にも長けている朱夏は、宮中を歩く際の護衛を断っている。一人でゆっくりと歩く道の先には、父帝が執務を行う本宮の建物が見えていた。

近頃、夏勢帝は市井に忍んで行く場所があると聞いている。供も護衛も連れず、気づけば姿が見えなくなっていると本宮の文官が零していた。一体、どこへ行っているのか――。

考えるのが怖くて、朱夏は父に訊けずにいた。恐ろしい想像をしてしまいそうだった。

四年の間に一度だけ、父の呟きを聞いてしまったから。


『朕が手に入れられなかった柊どの……あの娘ならば代わりになるだろうか』


執務室に父を訪ねて行き、扉を叩く寸前で聞こえてきたあの言葉。

誰もいないと油断しての独り言だったのか。扉外に息子がいると察して、朱夏に聞かせるための呟きだったのか。

今でも朱夏にはわからない。尋ねることもできなかった。

あの娘とは、一体誰のことなのか。柊どのの代わりとは、どういう意味なのか。

叔父に相談することもできなかった。春日は妻を深く愛していたのだから、兄の不穏な言葉など知りたくもないだろう。

重い溜息を漏らし、朱夏は顔を上げた。

今は、明日から従妹が住むことになった夏の宮の手入れが優先すべきことだ。侍女は連れて来るだろうが、調度品などを整えてやらなくては。

後ろから父帝の言葉や、遠い面影が追ってきそうな気がしたが、朱夏は無視して足を早めた。


夏の宮の入口で烏が待っていた。

主君の姿を認め、その場で膝をついた烏に頷き朱夏は沓を履き替えた。

「お帰りなさいませ。……何かございましたか?」

烏は朱夏の顔色をよく読む。普段と違う様子の朱夏に、気遣わしげな視線を向けた。

「……明日、この宮に煌を迎えることとなった」

「は……?」

呆けた烏に構わず、朱夏は私室へと足を進める。慌てたように、烏が追ってきた。

「親王さま、それはどういう……」

「そのままの意味だ。叔父上は、随分弱っておられる。今の内に煌をこの宮に移し、安心されたいそうだ」

「それは……」

朱夏の姿に気づいた侍女の莉羅が、私室の扉を開ける。

無言で通り抜け、朱夏は室内の長椅子にどさりと腰を下ろした。

はあーっと息を吐き出し、入ってきた烏に顔を向ける。

「急な話で十分に支度はできぬだろうが、煌が不自由ないようにせねばならぬ」

「姫君がお暮らしになる部屋の用意は、数年前から始めておりますから。それほど混乱はないでしょう」

行儀が悪いとわかっていながら、朱夏は沓を脱ぎ捨てて長椅子にだらしなく寝そべった。手の甲で、目元を覆う。

「何か、心配事がおありですか?」

静かな烏の声に手をずらす。長椅子に横たわったままで、忠実な臣下を見やった。

「心配事?」

「お心が晴れないようにお見受けします」

「……」

朱夏が脱ぎ捨てた沓をきちんと揃えながら、烏が尋ねる。

「煌姫さまが輿入れされるのは、決まっていたことでございましょう?確かに急なお話ですが、親王さまのお心を煩わせるようなことでもないと思いますが」

「……まだ、輿入れではない」

「いずれはそうなるのですから、同じことです」

烏の言葉に再び息を漏らし、朱夏は瞳を閉じた。

壁際から、莉羅が茶を淹れる物音が聞こえる。

「何を、思い悩んでおいでです?」

恐らく、烏には朱夏の胸の内が何となくわかっている。それでも、敢えて尋ねてくる烏に朱夏は苦笑した。

以前拾ってしまった父帝の呟きについて、烏にも明かしてはいなかった。

「思い悩んでなど……」

「誰を、想っておいでです?」

「っ!」

慌てて目を開け、飄々とした烏を睨みつけた。

「誰も、想ってなど……っ!」

「そう主張なさるのでしたら、そのだらしない態度をお改めください。煌姫さまは、幼くとも敏い御方ですよ」

「……」

緩慢な動きで起き上がり、朱夏は烏の視線から逃れるように目を逸らした。

「わかっている」

煌姫は、利発な子どもだ。朱夏の胸の内に、他の誰かがいることなど、ともに暮らせば悟られてしまうだろう。

幼い従妹を傷つけてしまうことは、朱夏の本意ではなかった。

「善処しよう」

「はい。煌姫さまは、この国の宝です。あの方だけを、きちんと見て差し上げてください」

烏の言っていることは正しいと、朱夏にもわかっている。

それでも、胸を占めるこの苦しい気持ちを、どうすることもできなかった。



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