↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
六の章 新しい命

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

216/298

弐佰拾

 

 濃紺の衣にきっちりと身を包み、群青の袴を穿いた春明親王が、和沙に手を引かれて短い歩幅で上機嫌に歩いていく。こうして手を繋がれていれば、一人でもよちよちと歩けるようになってきた冬の入口である。

 朱夏を先頭に一歩後ろを舎利が歩き、その後ろから春明と和沙がついて来ている。さらに見舞い籠を持った浪嶺が続き、二十名近くの護衛がつき従っていた。護衛団の先頭には汐之の姿もある。

 帝一家による、夏勢院への見舞いの行列であった。


「親王さま、お寒くはございませんか?」

「ない!」

「ようございました。冷えて参りましたなら、こちらの肩掛けを羽織りましょうね」

 後ろから聞こえる春明と和沙の会話に口元を緩めながら、朱夏は舎利に尋ねた。

「緊張しているか?」

「……はい」

 少し表情の固い舎利を見やり、朱夏は宥めるように言葉を重ねる。

「父上はそれほど恐ろしい方ではない」

「ええ。初めてお目通りが叶いますので、やはりどうしても……」

「手を」

 舎利に向けて朱夏は手を差し出した。

「今上さま?」

「其方の緊張が、少しでも解れるように、な」

 その言葉にふわりと微笑み、舎利が朱夏の手に己の手をそっと乗せた。

「親王さま?どうなさいました?」

 和沙の焦ったような声に、朱夏たちの視線が向けられる。

 回廊の真ん中で立ち止まり、春明がじっと床を見つめていた。舎利と顔を見合わせて、朱夏が和沙に声を掛ける。

「いかがした?」

「それが、急に立ち止まられて……」

「春明、どうしたのだ?」

「うー……」

 何事か不満を訴えるように唸った後、春明は床に座り込む。

 一行の進みが完全に止まってしまった。父との約束の刻限まではまだ猶予があるが、ここで足止めを食らうと遅れてしまう。

 息子の元へと近寄ろうとした朱夏に、涼やかな声が掛けられた。

「今上さま。私が親王さまをお抱き申し上げてもよろしいですかな」

 護衛の先頭を歩いていた汐之である。目尻を下げ、しゃがみ込んで春明に視線を合わせる。

 大柄な大人の男が両腕を広げて近づいてきたことに驚いたのか、春明の小さな手が和沙の裳の裾をぎゅっと握る。普段奥宮で接するのは乳母や侍女たち、父である朱夏のみなのだ。数えるほどしか会ったことのない汐之の顔がわからずとも、無理はなかった。


 春明の前で膝をつき、汐之は深く頭を垂れた後人好きのする笑みを浮かべた。

「春明親王さま、ご無礼を致しました。私は湊刃の汐之。お父君の右の大臣を務めております」

「……?」

 きょとんとする春明に、汐之はくすりと笑いを漏らした。

「恐れ多いことに、春明親王さまの、祖父でございます。じじ、とでもお呼びいただければ嬉しく思います」

 その言葉に吹き出しかけて、朱夏は何とか堪えた。帝の右の大臣を捕まえて「じじ」と呼べるのは、この世に春明親王ただ一人であろう。

「……じじ?」

「はい。春明さまの、じじでございます」

「めぇの?」

 まだ上手く己の名を言えない春明は、自身を指して「めぇ」と呼ぶ。汐之の笑みにつられて口元を緩めた春明を、危なげなく抱え上げて大きく広い肩に乗せてやった。

「きゃあっ」

 これまでの誰に抱き上げられた時よりも高くなった視界に、春明の機嫌が一気に上向いた。驚いたように汐之の髪を握りしめながら、懸命に周囲を見回そうとしている。

「このまま、夏勢院さまの御前まで参りましょうか」

「重くはないか?」

「何の。親王さまの御身くらい、私一人で護ってご覧にいれましょう」

 片目を瞑った汐之に笑い、朱夏は舎利の手を取ったまま再び歩き始めた。

 後ろから、ご機嫌な幼い笑い声が追いかけてくる。

「結局、春明は何故立ち止まったのだろうな?」

「疲れたのではないでしょうか」

 舎利の答えに朱夏は目を見開く。

「疲れた?」

「奥宮からここまで、己の足で歩くと言い張って。和沙や浪嶺が抱いて行くと言っても嫌がったのです。けれど、思ったよりも遠くまで歩いてきて足が疲れてしまった」

「ふむ」

「でも、意地を張ったのでしょう。自分で歩くと言ったのですもの。自分で言ったことは、きちんとわかっていましてよ」

 くすくすと笑いながら説明する舎利に、そういうものかと朱夏も頷く。

「幼くとも、矜持があるのだな」

「今上さまの御子ですもの」

 どうにも擽ったくなった朱夏は、そのまま黙って歩き続けた。

 藤の離宮は、もう目の前であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。