弐佰玖
夏煌丸が亜伊夜の国から持ち帰った果実茶は、朱夏たちの想像したように四季の国で貴族の女性たちに好んで飲まれるようになっていた。
帝の名で櫻花楼へ卸し、国内へと流通させようと手配したが、民には行き渡らなかった。
交易品として持ち帰られたのは茶葉のみで、加工する技術は秘匿されたため、職人たちが目の色を変えて入手しようと櫻花楼に殺到したのである。貴族家お抱えの職人や茶店が茶葉を買い占め、職人は己の工房での研究開発に、茶店は櫻花楼で扱うよりも高価で売り捌こうとした。
櫻花楼側でも対策を考え、一団体当たりの購入数の制限も設けたが、元々それほど多くを持ち帰っていたわけではなかったため対応としては後手であった。
これまで国交のなかった亜伊夜の国からの輸入品。見たこともない、果実を使った茶とあって民たちも何とか手に入れたがった。そういった声が増えれば、暴利を得ようとする商人も現れる。
帝と櫻花楼の間で取り決められた価格を大幅に上回った高値で、果実茶は闇市でも扱われるようになっていた。
事態を重く見た朱夏と両大臣は、緊急の重臣会議を開くこととなった。
「此度お集まりいただいたのは、近頃国内を騒がせている外国渡りの品についてでございます」
輝山の大臣の言葉に、重臣たちも心当たりがあったのだろう。顔を見合わせながらも、慎重に頷いた。
「今上さまの御世の象徴として、新たに国交を開いた亜伊夜の国渡りのお品を、広く国中に行き渡らせようと櫻花楼へと卸されました。ですが、民の手に渡る前に貴族家の買い占めが多発しているようです。これは、由々しきこと」
重々しく告げる輝山の大臣に、重臣たちが気まずげに視線を逸らす。
「品物に罪はありませぬし、珍しい品を我先に手に入れたい気持ちも理解はできます。が、何事にも限度というものがある」
言葉を切った輝山の大臣に、誰も何も答えを返さない。返す言葉を持たないのだ。
重臣たちを見回し、輝山の大臣が再び口を開いた。
「貴族の女人たちに好まれるようになったからと、民が手を出せぬような価格で闇市に出すなど、言語道断でございます」
その言葉に、ざわりと空気が揺れた。
「や、闇市ですと……っ?」
「まさか、そのような」
どの顔も、驚愕に目が見開かれていた。はて、と輝山の大臣は首を傾げてみせる。
「よもや、ご存知ない?櫻花楼で取り扱っていた果実茶の茶葉が、闇市で倍以上の値をつけられて取引されているのです」
「何故、そのような……」
「道理で、近頃櫻花楼に行っても手に入らぬと」
「楼主が、隠し立てしていたわけではなかったのですな」
口々に言い募る重臣たちに、汐之が声を掛けた。
「方々はご存知なかったと言われるが。そもそも、かの品が闇市にまで落ちたのは、方々にも責があると思われませぬか」
「なっ、何をっ!」
「湊刃の大臣!我らを侮辱なさるかっ」
「櫻花楼に押し寄せ、珍品を買い占め、己が家でその利益を独占しようとなさったのではありませんか」
汐之の言葉に、重臣の一人が顔を真っ赤にさせて反論した。
「そのような真似、するわけがなかろうっ」
唾を飛ばさんばかりの勢いである。だが、汐之は怯まず言葉を続けた。
「貴族の女人に好まれるらしいとわかって。それぞれのお家で使っている職人や茶店の店主など、差し向けられたでしょう?櫻花楼の楼主から、どのお家からどれだけ買いつけにいらしたか、報告は上がっておりますよ」
汐之の追求に、重臣たちはぐっと押し黙る。
「何も、買い占めが悪いとは申しません。褒められたことではありませんが、価値を上げて倍値で他へ売るのは商人として戦法の一つではありますからな」
穏やかな汐之の口調だが、語られる内容に重臣たちの顔色は青くなっていく。
「だが、方々は結託なさった。今上さまの覚えめでたい櫻花楼から品を買い占め、民に広まらないようにした。櫻花楼の利益が上がらなければ、今上さまへの上納もなくなる」
「……」
「今上さまの櫻花楼への信頼をなくし、買い占めた果実茶を己が家の名で民に広めれば、今上さまの信を得られるとでも思われましたかな?」
わなわなと唇を震わせ始めた重臣に、汐之が気の毒そうな視線を向けた。
「だが、民の関心は想像以上だったのでしょう。子飼いの者に裏切られ、買い占めた茶葉を闇市に流されるとは」
「な……っ」
「方々の家にも、果実茶は残り少なくなっているのではありませんかな?一部を残し、金に困った使用人が闇市へと横流ししたようですからな」
汐之の言葉で驚愕に目を見開いた重臣は、一人や二人ではなかった。
「まあ、闇市を取りしきる胴元が、方々よりも上手だったということです。弱味につけこみ、仕えるお家の確保した品を流させるほどには、ね」
「……」
何も答えられなくなった重臣たちに、朱夏は溜息を堪えて声を掛けた。
「すでに闇市に回った品は仕方がない。夏煌丸も櫻花楼の船もすでに海の向こうだ。こちらからの交易品を乗せては行ったが、戻るまでにまた数月待たねばならぬ」
「……」
「それまでは、今手元にある品で国内の流通を回さねばならぬ。頭の痛いことだな?」
夏煌丸が戻るのは、恐らく一年以上先である。重臣たちには明かせない情報だが、帰還を待たなければならないのは事実であった。
「其方らが責任を感じてくれるとよいのだが」
「き、今上帝さま」
「買い占めた果実茶を民向けに解放するなり、新たな流通品を朕に認めさせるなりして、汚名を雪ぐがよい」
御座から立ち上がり、朱夏は重臣たちを見渡した。
「亜伊夜の国との交易品は、輝山の大臣の申したように朕の治世の象徴である。櫻花楼が富むのが面白くないなどという私怨でけちをつけた其方らに、つけは払ってもらうぞ」
顔色を青くしたまま、重臣たちは頭を下げたのだった。




