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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
六の章 新しい命

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弐佰捌

 

 執務室で、朱夏は帰国した親雪と向かい合った。

「久しいな。長のお役目、ご苦労であった」

「勿体ないお言葉にございます、今上さま」

 小柄な体はそのままに、長く外国で過ごした貫禄のようなものが、親雪を一回り大きく見せているように朱夏には感じられた。

「煌のために送った侍女は、無事亜伊夜の国へ入れたのであろうか」

「はい。唱洪の国まで、善有どのと私でお迎えに上がりました。その後、私は四季の国へ、善有どのは侍女どのを連れて亜伊夜の国へと別れました」

 親雪が今回持ち帰った、色鮮やかな赤い液体の入った茶器が卓に置かれた。

「これは?」

「亜伊夜の国でよく飲まれている果実茶でございます。こちらは、柘榴を使ったものです」

「柘榴……あれはそのまま食べる果実ではないのか」

 驚きに目を瞠り、朱夏は卓の上の茶器をまじまじと見つめた。

 微笑んだ親雪が、「失礼」と呟いて己の前の茶器を手に取る。

「こうして、まずは香りを楽しみます」

 親雪の言葉に、朱夏もそっと茶器を取り上げた。鼻の近くに近づけてみる。

「甘いような、酸っぱいような……」

「そうでございますね。亜伊夜の国では、柘榴を使った果実酒なども女人に人気でございました」

「ほう」

「まずはそのままお飲みになられてください。もし味が物足りないようならば、糖蜜を垂らすとよろしいかと存じます」

 その説明に頷き、朱夏は一口、見たことのない茶を口に含んだ。ふわり、と華やかな香りが鼻を抜け、ほのかな渋みを感じる。

「いかがですか」

「……甘く、やはり酸っぱい」

 朱夏と同じように己の席で果実茶を飲んだ輝山の大臣が、眉間に皺を寄せている。

「私には合いませんな」

「左様ですか。湊刃の大臣はいかがですか」

「私は……嫌いではないが、好んで飲むものでもない、か」

 両大臣の返事に頷き、親雪が朱夏に視線を戻す。

「大体は、女人が好むお味だとは思います。柘榴の他にも、季節の果物を使った茶や酒が嗜まれており、あちらでは男性もこういった甘い飲み物を好んでおられました」

 茶器を卓に戻し、朱夏は不思議そうに親雪を見つめた。

「亜伊夜の国の王も、か?」

「そのようです。私や築岳どのは、それほどかの陛下にお目通りは致しませんでしたので。しっかりそのご趣味を把握しているわけではないのですが」

 こくり、と果実茶を飲み干し親雪が続けた。

「ですが。この果実茶や果実酒でしたら、亜伊夜の国からの交易品として我が国でも広められると思い持ち帰りました」

 親雪の報告に朱夏は満足げに頷いた。


 茶器を卓に戻した親雪が、すっと姿勢を正した。

「ここからは、極秘のお話なのですが」

 朱夏の表情も引き締まる。

「私が亜伊夜の国を出る直前、かの国の王に御子ができたと聞きました」

「子が?」

 首を傾げた朱夏に親雪が頷く。

「海を渡ってかの陛下の後宮に入られた、異国の侍女が身籠った、と」

「っ!」

 大きく目を見開いた朱夏は、思わず唇を噛む。脳裏に浮かぶ面影を、緩く頭を振って追い出した。

「今上さまのご正室さまが、お側を離れたがらず、お産まで立ち会うと仰せのようです」

「……っ」

 さすがに両大臣も驚愕の表情である。それでは、煌姫の帰国は想定よりも遅れることになる。

 何より、煌姫がそのお産に立ち会うほどの相手は、一人しか思い浮かばなかった。

「春香、が……?」

「そこで、今上さまのお許しを得たいのですが」

「……何だ?」

「来月出航する夏煌丸が帰還の際に、何としてもご正室さまをお連れしたいと思うのです。ですから、それまでの間夏煌丸が大陸の港に留まることをお許し願いたいのです」

 大嵐に遭わなければ、夏煌丸も大船と同じく半年おきに四季の国へと戻ってくる。その周期から外れても、煌姫が乗り込める時まで大陸に留まらせろという話であった。

「……それほど長い期間、大陸側は夏煌丸を逗留させてくれるのか?」

「築岳どのと深く交流してくださった唱洪の国の官僚どのが、あちらの宮廷で掛け合ってくださいました。ご正室さまのことは伏せておりますが、これまで以上の交易を求めているから長逗留を認めてやってほしいと」

「そう、か」

 そこまでの根回しが済んでいるのなら、朱夏に否やはなかった。

「わかった。夏煌丸が次に戻るのは、我が正室を乗せた時だ」

「御意。お許し、ありがたく」

 深く頭を下げた親雪に、朱夏は頷きだけを返した。

「およそ一年の旅路となるでしょう。大嵐があれば、もう少し期間は伸びるやもしれませぬ」

「うむ」

「その夏煌丸で、善有どのも一度帰国なさるはずです。ご正室さまのことは、きっと善有どのがお守りしてくださるでしょう」

「……そうだな」

 ひょろりとして文官らしい体つきではあったが、幾度も砂漠を旅して鍛えられていることだろう。海護隊の精鋭もついている。きっと煌姫は無事に帰ってくる。

 再会の時が遠のいたことよりも、必ず会えると信じることを、朱夏は脳内で繰り返し己に言い聞かせた。



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