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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
六の章 新しい命

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212/297

弐佰陸

 

 大内殿の上座に座り、朱夏は重臣たちからの酒を盃に受ける。

 酒精の香りが強く漂い始めた。

 早くも顔を赤らめた重臣の一人が、感慨深げに口を開く。

「いやはや、今上帝さまもお人が悪い。あれほどの美女を、奥宮にお隠しになっておられたとは」

「隠していたわけではないのだがな。帝の室とはそういうものであろう?」

 苦笑しながら盃に口をつけた朱夏に、寄ってきたもう一人も酒瓶を掲げた。

「湊刃家ばかりが重用されるのはいかがなものかと思っておりましたが。あの麗しさ、聡明さ。そして控えめなあの立ち姿。まこと、今上帝さまのご寵愛が深いのも頷けますなあ」

 舎利が入内する前には、奥宮を統率できなければならないの何のと難癖をつけていた者たちである。

「まこと、国母として相応しい」

「左様。無事に親王さまをお産みあそばして、凛としておいでで。安心致しましたなあ」

「あとは、ご正室さまが表にお出ましになられるようになれば、今上帝さまの御世は安泰でございます」

 笑い合い頷き合いながら、酒瓶を持って重臣たちが去っていく。


 中流貴族たちの挨拶も受け終え、朱夏は盃に残った酒を飲み干した。

 少しふらつきながらも立ち上がると、右に控えていた汐之が心配そうに声を掛けてきた。

「お足元が危ういですな。烏どのをお呼びしますか」

 烏は大内殿が見渡せる大扉の前に立って、不審者がいないかの警戒にあたっている。

「……いや。扉まで歩く」

 宴に参加している者たちは、もはや誰も朱夏の方を見てなどいなかった。このまま退出しても、気づかれることもないだろう。

 盃を置いた汐之が、朱夏を支えようと席を立った。

「湊刃の大臣?」

「私めも、そろそろ屋敷に戻ることと致します。途中まで、ご一緒致しましょう」

「……まだ酒を浴びていてよいのだぞ」

 朱夏の言葉に苦笑を漏らし、汐之がゆっくりと足を踏み出した。つられて、朱夏の足も動く。

「このまま重臣方に囲まれて美酒の味がわからなくなるよりは。屋敷に戻って妻と飲み明かした方がよい」

「細君はいける口か?」

 ふわふわとした頭のまま、朱夏は汐之と並んで大内殿の入口を目指した。しっかりとした足取りの汐之を頼もしいと見上げながら。

「もしやしたら、私よりも酒豪かもしれませぬ」

 その言葉に朱夏は目を見開いた。

「それは凄いな」

「いずれ、私どもの屋敷にお招き致しましょうか」

 悪戯っぽく片目を瞑った汐之に、朱夏は笑いながら頭を振った。酔いがさらに回る。

「其方が許してくれるなら、細君を表宮か奥宮に招待したい。舎……沢利にも会わせてやりたいし、春明にも会いたいだろう」

「よろしいのですか」

 元は商家の出の町娘であった汐之の妻である。宮廷に伺候できる身分ではなかった。

「何、構わぬさ。第二室の義母上で、一の親王の義祖母上なのだから」

「では、そのように言伝しておきましょう。喜んで、飛んで来るやもしれませぬぞ」

 くすくすと笑い、ようやくたどり着いた大扉の前で烏に声を掛ける。

「奥宮へ戻る」

「御意。……湊刃の大臣も、お戻りでございますか」

「うむ。宴席の熱気にあてられた。屋敷に戻って飲み直しだ」

 汐之の言葉に一瞬だけ目を瞠り、烏は頷いて朱夏の先導を始めた。


 回廊を歩きながら、朱夏は亜伊夜の国へと思いを馳せる。

 三日前に夏煌丸が大港へ戻ってきていた。此度船に乗って大陸から戻ったのは、秀聯の親雪である。大陸に残った善有が、夏煌丸で渡った莉羅を亜伊夜の国まで連れて行くとの報告であった。

 煌姫の帰国が、いよいよ叶う時が見えてきた。

 帰還した煌姫を、いきなり奥宮へと入れてよいものか。まずは慣れ親しんだ夏の宮で休ませるべきか。

 奥宮には舎利がいる。国を離れている間に朱夏に側室が迎えられ、子まで成したとあっては、煌姫がどれだけ傷つくかわからない。

 舎利や春明に会わせることができるのは、一体いつになるであろう。朱夏の第一子を、その息子を産んでくれた舎利を、煌姫にも認めてもらいたかった。

 酔った頭で考えが纏まるはずもなく、汐之とどこで別れたのかも朧気であった。

 気づけば、奥宮の黒門が見えてきていた。

「今上さま。吾はここまでで。ごゆるりとお休みくださいませ」

「うむ。ご苦労であった」

 酒臭い息のまま、舎利の私室に入るわけにもいかない。また和沙に小言をくらう。

 ふわふわと雲の上を踏んでいるような心地で、朱夏は奥宮の湯殿へと足を向けたのであった。



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