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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
六の章 新しい命

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弐佰伍

 

 季節は巡り、春の花々が咲き誇る四季の国では、帝の一の親王の生誕一年の祝いが行われていた。


 式典用の大広間にて朱夏の腕に抱かれて廷臣たちの前に姿を現した春明親王は、父譲りの濃紺の前髪を緩く編み込まれ耳の上で留められていた。奥宮の侍女たちに濃紺の衣と群青の袴を着つけられ、黒い沓を履かされてはいたが、よく動き回るために度々着崩れを直される。

 廷臣への挨拶の間じっとしているようにと、朱夏が抱き上げて奥宮から出てきたのであった。

 正室である煌姫が戻るまで公の場に出ることを控えようとしていた舎利であったが、重臣たちの度重なる要請に、生誕一年を機に第二室としての披露目を同時に行うこととなった。

 警護の者たちの警戒態勢は最大限引き上げられており、不審な者が決して舎利や春明に近づかないように固く護られていた。


「皆、よく集まってくれた。朕の一の親王春明の、一歳の祝いだ。美酒を浴び、喜びに盃を空けるがよい」

 盛大な拍手の音に、朱夏の腕の中で機嫌よく両腕を揺らしていた春明の肩が跳ねる。後ろに控えた舎利が、宥めるようにその肩を撫でる。

「そして、披露目が遅くなったが。ここに控えるが朕の第二室、沢利《さり》である。朕に春明を与え、国母として奥宮で相応しく采配をしておる。皆、見知り置くように」

 その場に集った者のすべての視線が、一斉に舎利に注がれる。

 これまで、湊刃の大臣の娘としか公表していなかった。舎利の呼び名のままでは、櫻花楼と結びつける者がいるかもしれない。公の場では、沢利を名乗ることとなったのだ。


 本日の舎利の装いは、濃紺の衣に濃紺の裳、腰を締める帯に群青色をあしらったものだった。群青色の髪を上品に結い上げ、春の花を模した髪飾りで煌びやかである。

 入内から二年以上が過ぎているが、いまだ舎利の元の素性を知られてはならないと、顔の下半分を濃紺の扇で隠している。だが、覗く目元に浮かぶ微笑みは艶っぽく、廷臣の中には熱に浮かされたような瞳で見つめる者もいた。

「皆々さま、沢利でございます。どうぞ、よろしゅう」

 言葉少なに自己紹介の言葉を述べ、軽く目を伏せた舎利に廷臣たちが我に返ったように拝礼を返す。

 帝の御子を生んだからと傲慢な態度を見せることもなく、朱夏と春明親王の後ろにきちんと控えている様子に、湊刃家を面白く思わない重臣たちも好感を持ったようであった。

「大内殿での宴には、第二室も春明親王も参加はしない。初めてこうして大勢の前に出たのでな。奥宮に早々に戻してやりたいのが、男心というものだ。其方らならば、わかってくれるであろう?」

 声に茶目っ気の色を乗せた朱夏の言葉に、廷臣たちから好意的な笑いが漏れる。寵愛する室を、大勢の男の視線にいつまでも晒していたくないという、言外の意味をきちんと掴んだのだろう。

「さあ、皆大内殿へ移ってくれ」

 朱夏の言葉に再び拝礼し、重臣たちから順に大広間を出ていき始めた。


 ほおっ、と息を吐き出した舎利に向き直り、朱夏が気遣わしげに声を掛ける。

「疲れたか?」

「あ、いえ。わたくしは、こうして控えていただけですもの」

 春明を抱いたまま舎利の髪をそっと撫で、結った髪を崩してしまうと朱夏はすぐに手を離した。

「この後は、男だけで宴に入る。其方らは、先に奥宮へ戻り疲れを癒しておくがよい」

「ありがとう存じます。……親王さまは、さすがでございますわね」

「うん?」

「これまで奥宮を出たことがありませんでしたのに。これほど堂々と」

 朱夏の腕の中を見やり、舎利がくすっと笑いを漏らす。

「まあ、眠っておりますわ」

「えっ!?」

 慌てて己の腕の中に視線を戻し、朱夏は呆れたように息を吐いた。

 むにゃむにゃと、親指を口に含みながら春明の瞼はしっかりと閉じていた。道理で重たくなったはずである。

 苦笑を零し、朱夏は壇上へ上ってきた和沙に我が子を託した。

「あらあらまあまあ」

 春明を起こさないように小声で呟いた和沙は、親王のための護衛の武官に付き添われて大広間を出ていった。後に続こうとした舎利の肩に、朱夏が手を乗せて引き止める。

「今上さま?」

「今宵の渡りは遅くなるやもしれぬ。先に休んでいてよいから」

「かしこまりましたわ」

 微笑んで頷き、舎利は浪嶺を従えて大広間を後にした。

 控えていた汐之を伴って、朱夏も大内殿へ移るために大広間を出る。

「其方も、春明に会うのは久しぶりであったろう?」

「ええ。思っていたより大きくなられて、驚きました」

「しばらく見ぬ内に、子は成長するからな」

 奥宮への立ち入りの許可を、そう度々出すわけにもいかない。湊刃家ばかりを優遇していると、また重臣どもが騒ぐからだ。

「奥宮でお過ごしの間は仕方ありませぬ。成長なさって春の宮へ移られたなら、会いに参りますよ」

 春明が春の宮へ移れるのは、煌姫が戻り宮中に不穏な動きなどないと確信できてからになるだろう。

「待たせて済まぬな」

「何の。我慢できなくなれば、また今上さまに願い出て会いに伺います」

 孫に会うのに、誰に遠慮がいるものかと、汐之は豪快に笑った。



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