弐佰参
「『我が名はアイーヤ国第二百代国王、シャファング三世である。
此度は、貴国との国交の樹立を喜び、友好の証として我が国に逃亡していたマドゥールを貴国の外交官へと引き渡すこととする。
貴国の皇帝陛下の妃については、迎えの侍女が到着次第帰還させる手筈が整っている。
末永く友好的な交流を続けられるよう、我が国の国花を模した宝飾品を贈る。
貴国の美しい真珠を、また届けてもらいたい』
と、以上でございます」
「その、まどぉる、というのが妙葵の向こうでの呼び名だな?」
「そのようでございます」
煌姫の帰還について言及されていたことにひとまず安堵し、朱夏は汐之に目を向けた。
「次の夏煌丸の出航に、真珠を積めるか?」
「そうですな。先年多くばら撒きましたが、収穫量自体は変わっておりません。亜伊夜の国の王に贈る分くらいは、何とか都合がつくでしょう」
汐之の返事に頷き、朱夏は親書を畳んでいる築岳に視線を戻した。
「其方は、また夏煌丸に乗って大陸へ渡るか?」
元通りに書状を封に収めた築岳は、桐の木箱に戻しながら首を傾げた。
「いえ、残りの二名が帰国するのを待ちたいと思います。外交官として再び大陸へ渡るにしても、まずは大いなる使命を果たし、今後の体制について今上さまとご相談致したく思います」
「今後の体制?」
朱夏の疑問に築岳が答える。
「毎回、三名揃って海を渡るのか。交代制にして誰かは海の向こうに留まるのか。誰か一名は唱洪の国に常駐するのか」
一本ずつ指を立てて案を述べる築岳の説明に、朱夏は成る程と頷いた。
彼らの言う大いなる使命とは、妙葵の捕縛と煌姫の奪還である。それを果たした後、本来の外交官としての任に就くための体制づくりについて、今から考えておけということだ。
「そういった話し合いは、書面でのやり取りよりも顔を合わせて直接言葉を交わした方がよいと思うのです。私は今回戻ってこられましたし、親雪どのも一度は帰国なさった。しかし、善有どのは海を渡ったまま長い時が過ぎております」
「うむ」
「無論、端からそういう覚悟を持って外交官に任じられはしましたが。それでもやはり、故国の土を踏みたいとは思っておいででしょう」
桐の木箱の蓋を閉め、元通りに組紐で封をした築岳が執務室の扉に目を向けた。
「湊刃の大臣が整えてくださった一室に、外国との交易で持ち帰った品々を収めてあります。ご覧になった後、お役目の者に仕分けさせてください」
「うむ」
「それと……」
立ち上がった築岳が、扉側に置いてあった台に乗せた行李を手に長椅子へ戻ってきた。
編み込まれた竹の蓋を開け、中から丁寧に絹地で包まれたものを取り出す。卓の上へ慎重に置かれた包みを指し、築岳が口を開いた。
「こちらが、先ほどのご親書にあった、かの国の陛下からの贈り物でございます」
目を見開いた朱夏が、汐之にちらりと視線を向けた。心得たというように頷いた汐之が、立ち上がって近寄ってくる。
烏も側に歩み寄り、卓の脇に膝をついて包みを検分した。慎重に絹地を取り払い、中から現れた光沢のある艶々とした黒い小箱の蓋を開ける。
ふわり、と書状から香ったのと同じ花の香りが漂った。
「国花、と申したな。……百合、か?」
小箱に収められていたのは、黒い台座に嵌め込まれた金剛石であった。繊細な百合の彫りが、台座に模られている。朱夏の親指の先ほどの大きさの石が、陽光を受けて煌めいていた。
「厳密には、我が国の百合とは違うと思われます。あちらでは春先に咲く花で、りりぃなと呼ばれておりました」
「りりぃな?」
「麗しい女人や、凛とした立ち姿などを形容するのにも使われる、広く民に愛されている花のようです」
何故か、朱夏の脳裏に浮かんだのは春香の姿であった。
望まぬ内に外国へと連れて行かれ、言葉もわからない亜伊夜の国で王の手つきとなり、それでも恐らく煌姫を守り抜いたであろう凛とした侍女。
唇を噛んで頭を振った朱夏は、今更悔いてもどうにもならない思いを脳裏から追い出した。
せめて亜伊夜の国で、王に寵愛されて幸せに生きてくれるといい。今後国交を続けていけば、外交官たちの耳に噂話が入ることもあるかもしれない。
今は、煌姫のために動かねばならない。真珠を手配させ、亜伊夜の国王への手土産とするのだ。
親書への返信を認めるために、朱夏は長椅子から執務机へと戻った。




