佰玖拾玖
人の出入りを禁じられた処罰場に、襤褸を纏った男が布を頭から被されて、顔を隠された状態で引っ立てられてきた。
後ろ手に縛られ、左右を屈強な武官に押さえられながら連れて来られたその男が、朱夏の見知った姿とは随分様変わりしていて驚きを隠せなかった。
入口の扉が固く閉ざされ、扉の外と内に輝山から派遣されている武官が立つ。本来ならば近衛隊の武官が警護に立つところであるが、裁きを受ける者の素性を広めないためにこの配置となったのである。
帝の御座に座った朱夏の正面で、ひょろりとした男が床に膝をつかされる。両脇に立つ武官が棒で肩を押さえ、ようやく顔を隠す布が取り払われた。
眩しさに目を細めるように顔を伏せた男が、ゆっくりと目線を上げる。
正面に座す朱夏の姿を認め、薄汚れた顔に嗤いを浮かべた。
「……ご無沙汰しております、日嗣宮さま」
肘掛けを握る手に力を込め、朱夏は唇を引き結んだ。相手は重罪人である。輝山の大臣が罪状を読み上げるまで、帝が言葉を掛けるべきではなかった。
輝山の分家出身の、文官妙葵。二年振りの邂逅であった。
「世を遍く照らす今上帝さまに申し上げます。ここに連行されました元文官の妙葵は、我が国を揺るがす大罪を犯し、大陸へと逃れておりました。これより、裁きの場を設けたいと思います」
宣言に重々しく頷いた朱夏と対照的に、罪人席に跪かされた妙葵の灰色の瞳が見開かれた。
「……今上帝、さま……?」
妙葵が四季の国にいたのは、朱夏が即位する前の話である。代替わりしたことなど、知らずにいたのだろう。
その心情を慮るつもりもない朱夏は、輝山の大臣に先を促した。
「では、罪状の読み上げを。
元輝山の妙葵。この者は先の仙螺の謀反騒動に乗じ、夏の宮にお住まいであった今上帝さまのご正室煌姫さまを拐かしました。仙螺の者の手によって冬の宮へと連れ去られていた煌姫さまを、仙螺の侍女を利用して大港へと奪い去り、あろうことか船で外国へと渡りました」
ぱらりと書状をめくり、輝山の大臣が妙葵の罪を明らかにしていく。
「我が国とは国交のなかった亜伊夜の国へと渡り、かの国で高い位に就くべく、四季の国の帝一族である高貴な姫君を差し出しました。許されざる罪です」
「……っ」
驚愕に目を瞠った妙葵に構わず、輝山の大臣が続ける。
「今上帝さまはご即位されてから、亜伊夜の国との国交も開かれました。かの国の王から、ご正室さまをお返しくださるとの親書も届いております。高官として取り立てていた妙葵のことも、我が国へと引き渡しに応じてくださいました」
「そんな……」
「よって、妙葵の裁きは四季の国の法に基づいて行います。今上帝さまのご裁可をいただきたく、この場を設けましてございます」
口を閉じた輝山の大臣に頷き、朱夏はじっと妙葵を見つめる。
絡み合う視線に浮かんでいるのは、強烈な憎悪である。ここまでの思いを向けられるほど、己はこの男に何かしたであろうか。
内心で首を傾げつつ、朱夏は口を開いた。
「死罪が妥当であると思うが、両大臣はどうだ?」
朱夏の言葉に、目を見開いた妙葵が朱夏の右に視線を向けた。
「右、の大臣……?仙螺の大臣、では……?」
「今上帝さまのご即位とともに、右の大臣に就いた湊刃の当主である。だがまあ、見知り置く必要はそれほどないぞ。死にゆく者には関わりないことであろう」
「死……」
汐之の言葉を口の中で繰り返し、妙葵がその顔色を青くしていく。だが、ぎらぎらとした瞳だけは、変わらず朱夏を睨んでいた。
「毒杯などと生易しいことを言うつもりはないが。斬首にしてしまっては、骸を晒さねばならぬからな。正室が拐かされたことは民に伏せているため、適当な罪状を作り上げねばならぬか」
「いっそ、地下牢に入れたまま、朽ちるのを待つというのはいかがでございますか」
汐之の物騒な提案に、朱夏の眉が寄った。
「牢の管理をする者たちが気の毒であろう」
「では、都の外れの罪人の骸を葬る墓所に、生きたまま埋められては?」
かつて仙螺の黄駕や蓮黄が埋められた墓所である。仙螺に与した者として裁くならば、順当であるかもしれない。
淡々と語られる内容に、妙葵の顔がますます歪む。その表情に、朱夏は尋ねるつもりのなかった問いを口の端に上らせた。
「そう言えば、何故このようなことをしたのだろうな」
「は……?」
「二度と其方に会うことはないのだから、何故煌を連れ去るような真似をしたのか今の内に聞いておこう」
御座から立ち上がり、朱夏はゆっくりと妙葵に近づいた。
暴れようと身動ぐ妙葵の体を両脇の武官がさらに力づくで押さえ、頭を下げさせようとする。
「よい。動かぬようにだけしていよ」
「はっ」
妙葵の瞳をじっと覗き込み、その感情を何とか読み取れないものかと朱夏は思う。いや、罪を犯す者の気持ちなどわかりようもなかった。素直に言葉を重ねるべきだ。
「其方には期待していた」
「……っ」
「春香を下賜し、其方の出自では上れぬ地位に就け、ゆくゆくは朕の側近として取り立てる用意もあった」
「っ!」
唇を引き結ぶ妙葵の顔を見つめながら、朱夏はさらに続ける。
「何故、仙螺などに与し、我が妻を連れ去った?何が目的だったのだ?」
「……」
「其方に、春香を下賜などしたのが、誤りであったのか……」
朱夏の最後の一言に、妙葵が悲痛な叫び声を上げた。
「貴方さまが……っ、貴方さまがいるから、春香は……っ」
「何だ?」
途端に鋭くなった朱夏の目線にも怯むことなく、細い体のどこから出しているのかという大声で、妙葵が叫んだ。
「愛する妻がっ、他の男を慕っているところなどっ、見ていたいはずなどないでしょう……!」
その言葉に目を瞠ったのは、朱夏だけではなかった。




