佰玖拾陸
春明親王、生誕一ヶ月の披露目の儀が厳かに行われた。
最高級の黒檀で造られた豪勢な寝台に横になり、時折父である朱夏の姿を目で追うような動きを見せる春明は、櫻花楼が仕立てたという麗しい装束に身を包んでいる。
「世を遍く照らす今上帝さまに、一の親王さまのご生誕を寿ぎ、ご多幸をお祈り申し上げます」
神官長が祈りの言葉を捧げ、大広間に拍手と歓声が響き渡った。
大音声に動じる様子もなく、小さな両手を広げて揺らしている春明の姿に、重臣たちも感嘆したように相好を崩す。
「春生まれの君はお心がお優しいものですが」
「父君に似られたのか。豪胆ですな」
「いやはや。母君は湊刃の御方。もしや海に生きる者の豪快さが表れておいでなのやも」
目尻を下げる重臣たちに、朱夏も微笑むだけで何も言わなかった。
さすがにこの盛大な祝いの場で、無粋なことを言う者はいないようで安堵したのである。
神官長が下がり、和沙が壇上に進み出た。寝台から春明の姿を抱え上げ、朱夏へと手渡す。
首の後ろを支えるように我が子を抱き、朱夏が居並ぶ廷臣たちに告げた。
「ここに、朕の一の親王春明の誕生を宣言し、この後大内殿にて無礼講とする。我が子の披露目を寿ぎ、美酒で祝うがよい」
おぉぉーっと大歓声が上がる。
びくりと身を震わせた春明だったが、朱夏が少し揺らしてやると満足そうに親指を口に含んだ。
「……これは、腹が減ったと言っているのか?」
傍らに控える和沙に囁くと、くすくすと密やかな笑い声が返ってきた。
いくら無礼講を宣言したとはいえ、ここはまだ公の場である。奥宮にいる時のように、気安く会話を交わすわけにはいかなかった。
「親王さまは、あとどのくらいこの場に留まる必要がございますか」
「う、む。そうだな……」
大広間に視線を向けた朱夏だが、重臣たちから続々と宴の行われる大内殿へと移動を始めていた。
宴席に赤子を出す必要はないため、そろそろ春明が奥宮に戻ってもよい頃合いである。
「奥宮からついて来た警護の武官たちとともに、春明を戻すがよい。奥宮に着くまでは朕の隠密もつける。気をつけて戻れ」
「かしこまりましたわ。わたくしがお抱え申し上げていくよりも、この寝台車でお連れした方がよろしいかしら」
春明親王の寝台に、台車に使われる小さな車輪をつけて移動できるようにしたものだった。奥宮からこの大広間まで、この寝台車に乗せられて春明はやって来たのだ。
「どちらが安全か?」
「それはやはり……ご無礼を承知でお連れするなら、わたくしがお抱えして、しっかり布紐でわたくしの体にくくりつけるのが一番安全ですわ」
自信たっぷりに告げられた提案に、朱夏の口元に苦笑が浮かんだ。
肝の据わったこの海の女傑を、宮中で白昼堂々と襲える者などそうはいるまい。
「わかった。廷臣たちがすべて退出したなら、そうするがよい。さすがに、皆が見ている前で其方の体に春明をくくりつけるわけにもゆかぬ」
「ふふっ。かしこまりました」
和沙の手に春明を預け、朱夏は我が子の頭をそっと撫でて壇上を下りた。
黙って見守っていた汐之がすぐ後ろをついて来る。
「ご無事にお披露目が終わり、安堵致しましたな」
「うむ。後は大船と夏煌丸の帰還を待つばかりか」
「近頃ようやく、重臣の方々も他国との交易が大きな国益になると理解してこられたようで」
大内殿へと移動しながらの会話に、朱夏は頷いて答える。
「現実に、外国から渡ってきた品を目にし、他国で交流した者たちの話を聞かねば、彼らの固い頭はなかなか解れなかったからな」
「櫻花楼の楼主にも、随分助けられましたな」
「まさか凛慈が、外国渡りの珍品を実演してみせるとは思わなんだ」
重臣たちが集まる表宮の一室で、他国との交易に反対していた者たちの前での実演会であった。
提案された時は懐疑的であった朱夏だが、見たこともない品を凛慈の軽妙な語りで勧めていく様子に、重臣たちが瞳を輝かせているのが印象的であった。
「あれでまた、櫻花楼は稼いだのではあるまいか」
「我が家にも、この品を是非などと、重臣方が前のめりになっておいででしたからね」
くつくつと笑いながら、汐之が与えられた席に座る。
朱夏が御座に腰を下ろした後、祝宴の開始が輝山の大臣から告げられた。
「一の親王さまのお披露目を寿ぎ、ここに宴の開催を宣言致します」
あちこちで盃の合わさる音が鳴り響き、祝いの席は夜更けまで続いた――。




