佰玖拾伍
櫻花楼で仕立てられた赤子の装束が、奥宮へと運び込まれていく。
朱夏譲りの濃紺の髪と、舎利に似た群青色の瞳を持つ春明親王のための、披露目の儀のための装束である。
表宮の内を進む荷運びのための輿を見送り、文官たちが吐息を漏らした。
「豪勢なお支度が進んでおられるようですね」
「今上帝さまにとって初めての御子さまです。お披露目の儀も近いことですし、父君として最高のお支度を整えて差し上げたいのでしょう」
「第二室さまへのご寵愛もますます深いとか?湊刃家は安泰ですなあ」
宮中の至るところで交わされる会話であった。
先帝の時代までは、湊刃家がこれほど取り立てられるなどとは、誰も予想していなかったのである。
輝山家と仙螺家から左右の大臣が立ち、帝の治世を支える。それが、長い間の決まりごとのようなものであった。
「湊刃の大臣もまだお若いとはいえ、今上帝さまからすれば父君や兄君のように思われておいでなのでしょう」
「高位の方々は蔑んでおられましたが。海に生きる豪快な御方で、我らにも心を砕いてくださいますからな」
「これからは湊刃の時代ですなあ」
笑い合いながら、文官たちがそれぞれの仕事へと散っていく。
入内して間もなくの懐妊となった舎利に対する、宮中の当たりはそれほどきついものではなかったのである。
執務を終えた朱夏が奥宮へ戻る。
両腕に抱えた包みを見て、舎利の瞳が丸くなった。
「朱夏さま、それは……?」
控えていた浪嶺に手渡しながら、朱夏は苦笑する。
「其方の義父上から預かって参った」
「義父上さまから?」
「春明のための、衣装や襁褓だな。黒門までは烏が持ってくれていたのだが」
近頃ようやく床上げを許された舎利が、ゆっくりと立ち上がって朱夏に近寄る。
浪嶺の抱える包みに目をやり、ころころと笑い声を上げる。
「ま。きっと、義母上さまのお手配ですわね。ありがたいこと」
「櫻花楼からの荷は届いたか?」
舎利の肩を抱き、長椅子に促しながら朱夏が尋ねる。
あちこちの貴族家から届いた祝いの品々で、奥宮は溢れ返っていた。
春明に届いた品物のための部屋が整備され、和沙の指揮で仕分けがなされている。舎利の私室に運ばれているのは、輝山や湊刃といった信頼できる家からの荷だけであった。
「はい。お披露目の儀のためのお衣装だとか?」
「もう見たか?」
長椅子に並んで座り、朱夏は部屋の入口近くに置かれている黒檀の箱を見やった。
「いいえ。今上さまより先にだなんて、恐れ多い。きっとこちらへお渡りだと思いましたから、ご一緒しようと思いまして」
その言葉に微笑み、朱夏は愛おしそうに舎利の頬を撫でてから浪嶺に視線を向ける。
「浪嶺。春明のための装束をこちらへ」
頷いた浪嶺が、黒檀の箱を恭しく掲げ持ち、台車の上で安定させたまま長椅子へと運んできた。
「今朝方、櫻花楼より届きました」
「開けてみてくれ。……ああ、いや。舎利が開けるか?」
「よろしいの?」
瞳を輝かせて身を乗り出した舎利の腰を、朱夏が慌てて支える。
「こら。危ないであろう」
「平気ですわ。浪嶺、封を解いて」
組紐で蓋に封をされている黒檀の箱に、浪嶺の手が伸びた。
しゅるり、と紐を解き、卓をどけて舎利の前に箱が運ばれる。
「どうぞ、お方さま」
「ありがとう」
ふう、と息を吐いて、舎利が朱夏に一度視線を向けてからゆっくりと箱の蓋を開けた。
「っ!」
真っ白な絹地で包まれた、煌びやかな装束が二人の目に飛び込んできた。
濃紺の衣に群青色の袴で、赤子用に小さく繊細に仕立てられている。春の喜びを示すように金糸で縫い取りがされており、肌触りは極上で赤子の肌を少しも傷つけないようにとの配慮が感じられた。
体温が高い赤子のために、袖は大きくゆったりと作られており、風を通すようになっていた。
「凄い……」
両手で口を覆って言葉を失った舎利に、朱夏が満足げな声を掛けた。
「櫻花楼の仕立て人は、やはりよい仕事をする。これほど見事な装束を送ってくるとは」
「これを着て、春明がお披露目の儀に……?」
「そうだ。大勢の人間の前に出るのは初めてゆえ、それほど長い時間ではないが。其方も体調がよければ、後ろに控えておるか?」
朱夏の問いにぶんぶんと頭を振って、舎利がうっとりと箱の中を見つめた。
「ご正室さまがご無事に戻られるまで、わたくしは公の場に出ない方がよろしいでしょう?」
「……」
「ああ、そんなお顔をなさらないで。不満など何もありませんの。それが、妻としての序列であり順当というものですわ」
くすくすと笑う舎利からは、無理をしているような気配は感じなかった。
長椅子の上でそっと腰を抱き寄せ、朱夏は舎利の肩に頭を乗せた。
「朱夏さま?」
「其方のことも春明のことも、必ず私が守る」
厳かな誓いの言葉に目を丸くして、舎利は朱夏の腕に身を委ねた。




