佰玖拾肆
春明親王の生誕から一月が過ぎた。
表宮にも籠宮にも、そして奥宮にも国中から様々な祝いの品が届けられる。
献上品を検めるお役目の文官たちが慌ただしく走り回る中、朱夏は朝議の場で重臣たちに宣言した。
「春明親王を一の親王と認め、いずれ朕の後を継ぐ嫡子として遇するように」
ざわり、と場の空気が揺れた。顔を見合わせた重臣たちが、恐る恐る、といったふうに口を開く。
「恐れながら、今上帝さま。それは些か早計ではございませんかな」
「左様。これより先、ご正室さまが身籠られることもございましょう」
「嫡出の親王さまがお生まれになったなら、どうなさいます」
海の向こうで、煌姫は今頃十二歳になっているはずであった。
四季の国に戻ってきた際には、成人も近くなっていることだろう。朱夏と初夜の儀を迎えることにもなる。
重臣たちを見回し、朱夏は重々しく告げる。
「正室に子ができたなら、後継についてはまた考える。今ここで宣言したのは、朕の嫡子として扱い、春明親王やその母を蔑ろにすることは許さぬという意味だ」
朱夏の言葉に、重臣たちの視線が汐之に向けられた。
「そうやって、湊刃の大臣にまた、何やら吹き込まれたのですか」
「人聞きの悪い。私めは今上さまに何も申し上げてはおりませんよ」
大袈裟に肩を竦めてみせた汐之に、重臣たちが言い募る。
「正統なご正室がおいでだというのに、先に出産を果たしたからと高くお取り立てになるのは、ご偏愛が過ぎるというものですぞ」
「左様。今上帝さまに仕える廷臣たちにも、示しがつかぬというもの」
「湊刃家ばかりが力を持ちすぎるのは、お考えになられた方がよろしい」
ぱん、と両手を打ち鳴らし、朱夏は重臣たちの注意を己に向けた。
「何も、日嗣宮として今すぐ発表するわけではない。身分低くとも、朕の正統な親王であることを知らしめておきたいだけだ」
「それは……」
「其方らの中にも、我が正室を推す者たちは多くいるだろう。その思いを無下にするつもりは朕にはない。だが、湊刃の大臣が差し出してくれた娘を、蔑ろに扱うつもりもない」
「……」
黙り込んだ重臣たちに、朱夏は再び告げる。
「つまりはな。奥宮のことに其方らは口を出すなと、そう言っているのだが、わかるか?」
新たな侍女を送り込むな。
第二室を害そうとする動きを見せるな。
朱夏の言外に込められた意味に気づいたのか、重臣たちが押し黙った。
「では、次の議題だ。輝山の大臣」
朱夏に視線を向けられた輝山の大臣が、頷いて手元の書面に目を落とした。
「御意。
およそ二月後に大船が戻って参りますが。此度は新たな交易品として、亜伊夜の国からの珍しい品々を持ち帰る予定でおります。代わりにこちらからは、夏に出航する大船に西領の薬草茶を乗せていく手筈が整ってございます」
四季の国で愛飲されるようになった、西領の薬草茶。
民が薬草茶という飲み物に慣れてきた折であり、次は大陸の国々の貴族向けに流通させることが狙いであった。海を渡れば、その分高価に取引させることができる。
「櫻花楼がそろそろ二度目の船出を迎えます。こちらには商家の者や、旅が目的の者が大勢乗りますが。珍しい品の数々が宮廷にも献上されております」
楼主である凛慈自身は大陸に渡ることはないが、信頼できる店の者や屈強な用心棒たちが櫻花楼の船には乗る。便乗して乗せてもらおうという個人で交易を目指す者たちが、金子を払って乗り込むのだ。
「こちらはあまり国の益とは関わりございませんが、一応お知らせしたまで。
では次に――」
朝議の場で話し合われるのは、帝の後継問題ばかりではないのだ。
国中の情報を集め、きちんと精査し、判断しなければならない。
頭の痛いことを仕出かす重臣たちではあるが、長く仕えているだけあって経験自体は豊富であった。
疫病が流行った際の対処。
一揆が起こった場合の鎮圧の仕方。
国庫をどう運用していくのかの、指針を示せる者もいる。
年若い帝を支えようという、気概は持っているのだ。
「では、次の夏煌丸の帰還に、重罪人を乗せて戻る可能性があるということですか」
妙葵の件は、朝議の場に集える高位の重臣たちにも伏せられている情報である。煌姫を拐かした重罪人、ということしか知らされていない。
妙葵の素性が知られれば、輝山家が攻撃されることになる。そのため、首尾よく外交官たちが妙葵を連れ帰ったとしても、裁きは秘密裏に行わなければならなかった。
「ご正室さまの御身のためにも、方々にすら情報は秘しております。ご承知おきください」
輝山の大臣の言葉に反対する者はいなかった。帝一族の高貴な姫君を拐かした者の素性など、知りたくないわけではないが、関わり合いにもなりたくない。己の一族に火の粉が降りかかるならば、日和見主義の重臣たちは目を逸らすだろう。
議論が終わり、朱夏が立ち上がった。
「そろそろ、春明親王の披露目の儀も行わねばならぬ。宝物殿にも新たな品々が収められている。役目を負った者は、目録と照らし合わせしっかり管理せよ」
朝議の場を締める朱夏の言葉に、重臣たちが頭を下げて応えた。




