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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
六の章 新しい命

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佰捌拾玖

 

 汐之が表宮に戻った後の奥宮で。

 朱夏は舎利と並んで座ったまま、その手を握っていた。

 浪嶺と和沙は壁際まで下がり、二人の会話が聞こえない距離にいる。

 唇を舐め、朱夏は意を決して口を開いた。

「身重の其方に聞かせる話ではないかもしれぬが」

「……朱夏さま?」

「次の大船か夏煌丸の帰還で、恐らく妙葵が戻ってくる」

「っ、ご正室さまを、連れ去ったという……?」

 舎利の呟きに朱夏は重たく頷いた。

「其方は顔を合わせたことはないと思うが。煌が……私の正室がともに戻れるかはまだわからぬ」

「……はい」

「だが、あちらの国の王は連れて来られた煌のことを、私の妻だとは知らなかったらしい」

「……」

 朱夏の握る手の下で、舎利の指先が冷たくなる。そっと、温めるように朱夏は両手で包み込んだ。

「済まぬ。やはり、この話はやめておくか」

 目を逸らした朱夏に、舎利が首を振った。

「そこまで聞かせておいて、やめるだなんて余計気になるじゃないですか」

 頬を膨らませてみせた舎利に、朱夏は眉を下げた。

「それもそうだな。だが、気分が悪くなったらすぐに言ってくれ」

「はい」

「それで、ええと。かの国の王は、幼い女人が好みではないらしい。外交官たちの報告でしか知らぬが、我が国と国交を開く以上、煌のことは返してくれるだろう」

 朱夏の言葉に息を呑み、舎利は口を挟まずにじっと話を聞く。

「次の船か、それともその次か。大船で戻るか夏煌丸に乗ってくるかも、まだわからぬ」

「……はい」

「早ければ今年の夏だ。捕縛した妙葵を乗せた船が戻る」

 舎利の手の甲をそっと撫で、朱夏は言葉を重ねる。

「政争の後始末について、其方に聞かせるつもりはないのだが。もし妙葵とともに煌が戻って来られれば、思っていたよりも早く其方に会わせることになるだろう」

「……」

「たくさん傷ついているかもしれぬ。恐ろしい目に遭って、人と会うことを拒むやもしれぬ。だが、其方に支えてもらいたい」

「朱夏さま……」

 眉を下げた舎利の膨らんだ腹を、朱夏は優しく撫でた。

「ここにいる私たちの子も、煌に認めてもらわねばならぬ」

 朱夏の手に己の手を重ね、舎利は震える唇を開く。

「先日、夏の宮の侍女長さまがおいでになりました」

「侍女長……秋穂が!?」

 聞いていない、と朱夏は目を剥いた。泣き笑いのような舎利の表情に、朱夏の胸を不安が襲う。

「何を言われた?」

「いえ、ただご挨拶に、と」

 朱夏の乳母を務め、夏の宮で煌姫に仕えていた秋穂は、夏の宮の火災の後から本宮に部屋を与えられている。いずれ煌姫が帰還した際にはまた側で仕えさせようと、本宮の使用人たちと同じ区域に居室があるはずであった。

「……夏の宮の侍女長を名乗ったのか」

 現在夏の宮は封鎖されている。秋穂の思惑が掴めず、朱夏は眉間に皺を寄せた。

「誰が奥宮へ入れた?」

 その言葉に、舎利が驚いたように瞳を見開いた。

「朱夏さまが、お許しになったんじゃあ……?」

「何?」

「そう、仰せでしたよ?それで、黒門の武官たちも通したとか」

 朱夏は壁際に立つ浪嶺に視線を向けた。手招くと、さっと足早に近寄ってくる。

「今上さま、いかがなさいましたか」

「先日、夏の宮の侍女長が来ただと?何故報告がなかった?」

 厳しい詰問に、浪嶺は驚いたように目を瞠った。

「今上さまのお許しを得ていると、書状を見せていただきました」

「書状?」

 眉を上げた朱夏に、浪嶺が淡々と続ける。

「ご正室さま付きの侍女長さまが、第二室さまであるお方さまの元を訪れるのは、そう不自然なことではございません。今上さまのお許しも得ているならと、黒門を通過したはずです」

「だが、朕は許可など出していない」

 その言葉にはっとして、浪嶺は「失礼を」と呟いて壁際に駆け寄った。寝台脇の小卓の抽斗を乱暴に開けている。

 舎利の肩を抱き寄せ、朱夏は考えを巡らせた。

 煌姫をこの上なく大切に思っていた秋穂が、朱夏の許可も得ずに奥宮に入ったという事実が、じわじわと不安を大きくしていく。何のために、身重の舎利に挨拶などに来たのか。

 浪嶺が何かを抱えて戻ってきた。

「今上さま、こちらを」

「何だ?」

 差し出されたのは白い紙に包まれたものであった。朱夏の手の平にすっぽりと収まりそうな、小さな包みである。

「侍女長さまがお持ちになった、香なのですが」

「香?」

「薫風と、仰せでした」

 朱夏は息を呑んだ。成婚の儀の夜、煌姫が装束に薫きしめていた香である。

「秋穂は、何と言ってこれを?」

「今上さまがお気に入りの香であるから、次のお渡りの夜には薫くとよい、と」

 まさか、香に何か仕掛けてあるとも思えないが、朱夏は慎重に浪嶺の手から包みを受け取った。取り出した懐紙で、さらに厳重に包み懐にしまう。

「これは、預かる。こちらで調べるゆえ、其方らは案ずることはない。他にはないな?」

 不安に揺れる舎利の瞳を覗き込み、朱夏はそっとその髪を撫でた。

「浪嶺、奥宮への立ち入りを朕が許可した者は、其方に直接知らせる。書状など持たせることはしないから、二度と入れるな」

「かしこまりました。お詫びの言葉もございません」

 口惜しそうに唇を噛む浪嶺の背を、和沙が大きな手でどんっ、と叩いた。

「わたくしだって、同罪ですよ。今上さま、申し訳ございません。まさか侍女長さまが、そのような偽りを申されるとは思いませんでした」

 深々と頭を下げた母娘に頷きを返し、朱夏は舎利にも言い聞かせる。

「此度は何事もなかったからよいが、大事な体だ。どのような相手が何を言ってこようとも、私の許可がないと押し切って断われ。よいな?」

「……はい」

 舎利の震えが治まるまで、朱夏はその背を撫で続けた。



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