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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
六の章 新しい命

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佰捌拾捌

 

 烏に町で買ってこさせた菓子を手に、朱夏は汐之を伴って奥宮へと入った。

 黒門を守る武官に、汐之の立ち入りの許可を告げる。

「身重の第二室に、義父上がご機嫌伺いだ」

 深く拝礼した武官が、重たい黒門を開けた。

 朱夏とともに内に足を踏み入れた汐之が、感嘆したように吐息を漏らす。

「まさか、この身が奥宮に立ち入る日が来ようとは」

「無論初めてであろう?」

「ええ。何というか、清々しい香りが致しますな」

 歩きだした朱夏は汐之の感想に微笑んだ。

「父上の頃の奥宮は、もっと冷たい空気が漂っていたが」

「ご側室さまも多数抱えておいででしたからね。女人同士の苛烈な争いの宮であったことでしょう」

 現在、朱夏の寵を争う者はいない。奥の部屋に舎利が第二室として構え、女主人として奥宮を采配しているのだ。女主人の空気が、そのまま奥宮の雰囲気となって温かさを感じさせていた。


 舎利の居室の扉前で、控えていた武官が汐之の姿に一瞬目を瞠った後、静かに扉を開いた。

「舎利、気分はどうだ」

 長椅子に腰掛け、手巾に刺繍をしていたらしい舎利が、朱夏の姿を認めて立ち上がろうとした。

 慌てて駆け寄り、朱夏は舎利の肩に手を置く。

「よい。じっとしていよ」

「ありがとう存じます。腹が重くて、なかなか動けず……」

 言葉の途中で、扉側に立つ汐之の姿に気づいた舎利が目を丸くした。

「義父上さま……いえ、湊刃の大臣?」

 舎利の膝掛けを直してやり、朱夏は手土産の菓子を卓に置いた。

「其方の顔が見たかったそうだぞ」

 朱夏の言葉を受けて、汐之が深々と拝礼する。

「第二室さまにおかれましては、ご機嫌麗しゅう。お健やかにお過ごしのご様子で、安堵致しました」

「ありがとう存じます、湊刃の大臣」

「義父上と、呼んで構わぬのだぞ?ここは、表宮ではない」

 舎利の隣に並んで座りながら、朱夏は膨らんだ腹をそっと撫でる。

「今日は、子の様子はどうだ?」

「ふふっ。先ほどまで、元気にわたくしの腹を蹴っておりました。今は、眠ったのかしら?」

 幸福そうに頬を染めて微笑む義娘の姿に、汐之の口元も緩んだ。

「何か足りないものなどございませぬか?」

 視線を上げた舎利は、汐之に向かって笑顔を見せた。

「はい。よくしていただいておりますし、こうして今上さまが気にかけてくださいます。これ以上を望んでは、罰が当たりますわ」

「もっと欲深くてもよいのだぞ……おっ、蹴ったぞ!」

 舎利の腹を愛おしそうに撫でていた朱夏が、瞳を輝かせた。

「そうか、其方もそう思うか。うむ、其方の母上はもっと我儘になってもよいと、父は思うのだ」

「ま、今上さまったら……」

 口元に手を当てて目を細めた舎利に、朱夏は労うように言葉を重ねる。

「欲しいものはないか?食べたいものや、見たいものなど。奥宮から出してやることはできぬが、可能な限り用意させよう」

「またそんなに甘やかして。今のままで、わたくしは十分満ち足りていましてよ」

 そう言って、舎利は傍らに立つ浪嶺に目を向けた。

「浪嶺も和沙も、こうして側にいてくれます。今上さまも度々お通いあそばして、幸せでございますわ」

「勿体ないお言葉でございます」

 浪嶺が頭を下げると同時に、部屋を離れていた和沙が入ってきた。

 よく日に焼けていた肌も奥宮で過ごす内に落ち着いたのか、少し白くなったようである。

 編み込んで纏め上げた髪には白いものが混じり、浪嶺と同じ薄紅の瞳は慈愛に満ちていた。舎利よりも頭一つ分ほど背が低いようだが、ふくよかな体型のせいか小柄な印象はあまりない。

 恰幅のいい腕に茶器と茶菓子を乗せて、きびきびと歩いてきた。

「あらあらまあまあ。今上さまも、汐之さまもおいでだったんですねぇ」

「邪魔をしているぞ」

「ほらほら、浪嶺。卓の上を空けてちょうだいな。お茶を淹れてきたから」

 朱夏の前でもお構いなしに、素の言動を見せる和沙であった。

 苦笑しながら、浪嶺が卓の上に茶器を乗せられる場所を作っていく。

「今日は、西領の薬草茶でございますよ、お方さま」

 かちゃかちゃと茶器を扱いながら、和沙の視線がよけられた菓子の包みに向いた。

「こちらは?」

「今上さまが、お土産にとお持ちくださったのよ」

「まあまあ。町で人気の菓子でございますねえ。では、今日のお茶菓子はこちらに致しましょうか」

 目線だけで、包みを開く許可を朱夏に求める和沙に、朱夏も頷いた。

「湊刃の大臣。其方もこちらへ来て掛けるがよい」

「いや、しかし……」

「あらまあ。よいではありませんか、汐之さま。今上さまもこう仰せなんだし」

 何とも肝の据わった女人であった。

 苦笑を堪えきれずに、汐之は寝台脇から己で椅子を運んできて、朱夏たちの向かいに座る。

「西領の薬草茶は、奥宮でも飲まれておりましたか」

「うむ。今の舎利に酒は飲ませられぬからな。唱洪渡りの薬草茶よりも、こちらの方が舎利の口に合うようだ」

「何と申しますか……飲んだ後、体が軽くなるような心地が致しますの」

 人数分の茶を淹れ終えた和沙が、手際よく菓子を並べていく。

「まあまあ。綺麗なお菓子でございますねぇ」

「桜餅の一種のようだが。今人気の甘味処が独自に作ったもののようでな。近頃、民はこの桜餅をよく食べるのだとか」

 薄桃色に色づけられた餅に、塩で味つけた桜の葉が巻かれていた。卓に並べられた見目よい菓子に、舎利の瞳が輝く。

「さあ、いただこう」

 朱夏の言葉で、和やかな茶会が始まる。

 穏やかな一時であった――。


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