佰捌拾肆
朝議の場で、重臣たちの議論を朱夏は黙って聞いていた。
先ごろ公表された舎利の懐妊について、現在の奥宮の人数で護りきれるのかと、もっともらしく語り合っている重臣たちが滑稽であった。
舎利の最も側近くに侍るのは、浪嶺とその母であり、どちらも湊刃の出であるのが面白くないのだ。しかし、舎利は湊刃家の養女であるため当然の人選でもある。どうにか我が家の娘を奥宮へ入れようと、重臣たちは必死であった。
「以前に我が家からお仕えしていた娘は、今上帝さまのお言いつけを破ったので追い出されたのは当然でございました」
「しかし、私めの家には、他にも娘がおります。参内するにはまだ幼いと見送ったのですが、お若い第二室さまとはお話も弾むことでしょう」
「御子が無事にお生まれになるまで、今上帝さまのお心のお慰めにもなりますぞ」
熱心に言い合う重臣たちに、朱夏は呆れを隠せそうになかった。いい加減、うんざりもしていた。
溜息を零し、朱夏が口を開きかけたところで汐之が口論に割って入った。
「方々は、何か思い違いをしておられるようですな」
その言葉に、重臣たちの険しい視線が汐之に向けられる。
「思い違いだと?」
「我々を愚弄されるのか」
「いかに右の大臣といえど、年長の我らにそのような口の聞き方を……」
苦笑いを浮かべ、汐之が一人一人の顔を順に見回した。
「今上さまが方々のお家の娘御をお気に召さなかったからと、他の娘ならばよいという話ではない」
「何を……」
「今上さまご自身が、側室は不要と常々仰せだったことを、お忘れか?」
汐之の言葉に顔を真っ赤にさせた重臣の一人が、声高に反論する。
「それを言いくるめて今上帝さまに義娘を差し出したのは、湊刃の大臣であろうがっ!」
わざとらしく目を見開き、汐之は呆れたように首を振ってみせた。
「言いくるめたとは人聞きの悪い。それは、今上さまが私めなどの言葉に惑わされたと、不敬なことを言っている自覚がおありか?」
「誤魔化すなっ。己が娘が第二室さまに上ったからといって、海の田舎者ごときが大きな顔をするものではないっ」
「誤魔化してはおりませんよ。何故、今上さまが我が家から室をお求めになられたか、わからないのですか?」
ぐっと言葉に詰まった重臣が、お互いに顔を見合わせる。
「以前にも今上さまは仰せでした。輝山家と湊刃家以上に信頼できる家が、今のところないと。それなのに、何故方々のお家から娘御を召し上げてもらえるとお考えなのか、理解に苦しみます」
「そっ、それは……っ」
「娘をお気に召されれば、我が家のこともきっと理解していただける!」
「左様。今上帝さまの我らの家への誤解も、解けようというもの」
はあっ、と息を吐き出し、朱夏は己に意識を向けさせた。
「其方ら、毎朝毎朝、飽きぬのか?」
「き、今上帝さま?」
声が尖るのを止められない朱夏は、そのまま冷たい声音で続けた。
「来月には大船が帰還する。その次の月には、夏煌丸も戻ってくる。朕の側室などという些事よりも、他に議論すべきことはないのか?」
「そ……」
「西領の薬草茶は、広く民に飲まれるようになった。改善された薬草酒も、現在航海に出ている夏煌丸に乗せて大陸へと送り込んだ」
朱夏に返せる言葉を持たず、重臣たちは押し黙った。
「次の冬には、北領で雪中の果実がたわわに生ることだろう。長く日持ちする菓子の開発に、彼らは勤しんでいる。来年の夏の航海には交易品として形にすることだろう」
「……」
「いずれも、輝山家主導で開発や改良が行われた。湊刃家は変わらず海護隊に人を出し、長い旅路の護衛を務めている。では、其方らは?」
朱夏の問いに重臣たちは目を伏せた。目に見えて益を出せず、朱夏の信頼を勝ち取れないことへの焦りも、彼らにはあるのだ。だが、これまで旧家の立場にあぐらをかいてきた彼らには、新たな時代に適応することができずにいる。
「其方らの望みに沿って、朕の側室にいずれかの家から迎えられたとして。寵も得られず奥宮に捨て置かれるだけでは、その娘が気の毒だ」
舎利以外を側室として側に置くつもりはない。
煌姫が戻れば、さらに他の女に心を寄せることなど、朱夏にはあり得ない未来であった。
朱夏の弱さもずるさも、誰にも明かせない過去のしがらみもすべて、受け入れてくれるのは舎利しかいなかった。
「年がいって嫁き遅れてしまう前に、娘たちはよき相手へ縁づかせてやるのが親心というものだ。朕の側室になったとて、きっと幸せにはなれぬ」
「そのようなことは……!」
「朕には、正室と第二室しか要らぬ」
きっぱりと言い切った朱夏に、重臣たちは唇を噛んで拳を握りしめた。




