佰漆拾陸
大陸からの大船が戻る大港へ、今回は汐之だけが出向いていた。
朱夏が度々宮廷を空けることに、輝山の大臣がよい顔をしなかったためだ。加えて、近頃重臣の一人が奥宮に送り込んだ侍女が、舎利に危害を加えるのではないかとの懸念もあった。
「浪嶺からの報告では、第二室さまによく仕えているように見えたらしいのですが」
輝山の大臣の言葉に朱夏も頷く。
「媚薬を隠し持っていたことで、数人追い出したからな。補充するように迎えた侍女だが、どの家の出であったか」
「重臣の一人ですが。朝議の場でもそれほど発言は多くなく、年寄りたちの陰に隠れて他の顔色を窺っているような男ですな」
「先に送り込まれた侍女たちより、幾らか年上であったな」
奥宮に新たに仕えるようになった侍女とは、朱夏はまだ顔を合わせたことがなかった。
舎利の元へ訪れる際には、必ず浪嶺が控えており、他の侍女と会う必要がなかったためだ。
「近頃舎利の体調も思わしくないからな。不穏な存在ならば、何かしら不手際でも犯してくれれば追い出せるのだが」
「しかし、さすがに奥宮の侍女の数が減りすぎてしまいますぞ。湊刃からばかり取るわけにも参りません」
先月の末あたりから、伏せることが多くなった第二室舎利。
不調が続いていることを心配した朱夏が、薬師を呼ぶように手配したのは今朝のことであった。
「一度、朕が会ってみるべきであろうか」
「第二室さまのご体調がご回復されてからの方が、よろしいのでは?」
輝山の大臣の言葉に朱夏は唸った。
亜伊夜の国との交易のことだけを考えていたいのに、頭が痛いことである。
「諦めの悪い者どもだな」
「どうにかして、今上さまの寵を得て権勢を振るいたいのですよ」
「来月には再び夏煌丸が戻るという大事な時期に、権力争いなどしている場合ではないのだが」
眉間に皺を寄せた朱夏に苦笑を返し、輝山の大臣が手元に視線を落とす。
西領で新たに開発された薬草酒を、帝に献上するとの報告書であった。
「仙螺が造っていたものよりも、体の痛みをやわらげ心が落ち着くものであるとのお話でしたな」
「大陸の方が薬道には通じておろうが、この島国でしか採れぬ薬草を使っているからな。よい交易品になるとよいのだが」
「このまま酒だけでなく薬草茶の開発も任せてみてはいかがですかな」
祖父の提案に朱夏は首を傾げる。
「唱洪渡りの薬草茶すら、いまだ民には広く流通していないのにか?」
「ええ。西領の薬草茶に何か銘をつけ、我が国の民に流行らせるのです。手始めは西領の民たちからでよいでしょう」
「うん」
「徐々に国中へと広げてゆき、四季の国の民が薬草茶というものに慣れた頃、今上さまの功績として交易品である外国渡りの薬草茶を流通させるのです」
腕を組んで考える朱夏に大臣は続ける。
「海を渡る分だけ、唱洪の国の薬草茶は高価になります。大船で交易した品は今上さまの御名で、櫻花楼の船が持ち帰ったものは民向けに安価で捌けばよろしい」
「凛慈がそれで納得するであろうか」
自身の財力で造った船による交易品だ。利益が出なければ櫻花楼としては損害となる。
冷徹な商人の一面を持つ櫻花楼の楼主が、この話に乗ってくれるかわからなかった。
「代わりに、他の珍品を帝一族御用達という体裁をつけてやればいかがですかな」
「他の珍品?」
「櫻花楼とて、これまで国交のなかった国々とも取引するでしょう。商いが主軸の商家です。夏煌丸よりも柔軟に、様々な品を取引して帰ってくるのではありませんかな」
夏煌丸の一の目的は、外国との交易ではない。亜伊夜の国と国交を開き、煌姫を奪還することである。
商いだけを目的にする櫻花楼の船ならば、確かに夏煌丸よりも多くの品々を持ち帰るだろう。
顔を上げた朱夏は頷いた。
「ひとまず、どのような品を持ち帰るかによるな」
「ええ。櫻花楼の船は夏煌丸の二度目の船出に、一月遅れで出航しましたからな。戻るまでまだ時がございます」
突貫で造船したとはいえ、櫻花楼の船が出航したのは四月前のことである。大港に戻ってくるにはあと二月かかる。
「その間に、楼主に話を通しておけばよろしいでしょう」
輝山の大臣に頷き、朱夏は頭を切り替えた。
考えなくてはならないことは、他にも山積みであった。




