幕間Ⅱ
「シキー国?いや、シーキ国?……どこだ?」
「遥か海を渡った先にある、島国でございますよ」
「……ふぅん?」
午睡の時間に起こされ、青年の機嫌は最悪であった。
豪奢な寝台の上、気に入りの侍女の膝に頭を乗せ太腿を撫でながら宰相に答える。
「それで、その島国から誰が来たと?」
くすくすと笑いながら身を捩る侍女を撫で続ける青年に顔色一つ変えず、宰相は淡々と続けた。
「我がアイーヤ国との国交を樹立したいと、かの国の皇帝の親書を携えてはるばるやって来たようです。外交官を名乗りましたな」
腰に薄布を巻きつけただけの姿で、青年は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「国交したいならば、好きにすればよい。俺は、女たちを愛でるのに忙しい」
「勿論、それが陛下の大事なお勤めでございますからな。後宮に籠っていただいて構わないのですが。一度は顔合わせをお願い致したく」
面倒そうに溜息を零し、青年はようやく侍女の膝から頭を起こした。
「お前はその外交官に会ったのか?」
「ショコー国の者が連れて参りました。来たのは三名。いずれもまだ年若い、幼い顔立ちの者でした」
「美人か?」
興味が湧いたというように瞳を輝かせた青年に、しかし宰相は緩やかに首を振る。
「整っているのでしょうが、そもそもいずれも男です」
「何だつまらん」
「シキー国の者ということは、マドゥールの故国から来た者でございますよ」
宰相の言葉に軽く目を見開き、青年は考えるように顎に手を当てた。
「もしや、俺の後宮から女を奪い返しに来たのではあるまいな?」
「さて、それは何とも。ですが、マドゥールが献上した姫というのが、いまだ陛下に目通りもせず後宮の奥深くで隠されているとの噂は広がっております」
「あぁ……あの女が大事に守っているらしいぞ」
くつくつと笑い、青年は昨夜も寝所に呼びつけた黒髪の女を思い浮かべる。
「マドゥールは何か言っていたか?」
「その外交官たちにまだ顔を合わせておりませんので、特には何も。ただ……」
「何だ?」
薄布で覆われた侍女の胸元に指を差し込みながら、青年が宰相に尋ねた。
ふふっと笑う侍女の薄布を引き剥がす青年に、宰相は銀縁の眼鏡をくいっと押し上げる。
「陛下、真面目にお聞きください」
「聞いている」
侍女の頬に唇を寄せながら青年は答えた。
「近頃陛下がご執心の侍女は、マドゥールが妻と紹介した女でございましょう?お手をつけたことを、まだ知らぬのでは?」
「例の姫の世話係としてつけたのだとしても、俺の後宮に入れた以上、俺が何をしようと文句は言えんだろう。俺の手がついたとなれば、栄誉なことだぞ?」
「シキー国の者はそうは考えないのではないですかな」
小言を言われ、青年は侍女と絡み合いながら溜息を吐いた。
「それでも、代々の重臣たちを差し置いて、あ奴はアイーヤ国で高い地位に就いた。その代償として差し出した女を俺が愛そうと冷遇しようと、あ奴に何か意見する権利はない」
この国では、それが常識なのだ。
知らなかったと、話が違うと今更騒いだところで、手遅れであった。
「まあ、マドゥールのことは今はよろしい。それで、シキー国の者たちとは、お会いになりますか」
「はるばるここまでやって来たのならば、俺が会うまで居座りそうだな。面倒だ」
侍女を寝台に押し倒し、その上に覆いかぶさりながら青年は天蓋の薄布を閉じた。
「顔合わせの場を整えろ。面倒事はさっさと済ませるに限る」
「承知致しました。その後、国交を開くことは承認なさいますか」
「お前の判断に任せる。もう下がれ。俺は忙しい」
侍女の肌に唇で赤く証を刻みながら、青年は宰相の話から意識を逸らした。
この国で、頂に立つ青年に課せられたもっとも大切な仕事は、政でも民への気遣いでもなく、後宮に囲った女たちを幾人も孕ませることであった。首尾よく身籠もった侍女は晴れて側室に上がれるため、後宮の女たちは喜んで青年の前に肢体を差し出す。
王族の血を絶やさないこと。
それだけが、絶対で唯一の責任であった――。




