佰陸拾玖
櫻花楼が船の建造を始めた。
その知らせが朝議の席で重臣たちに齎され、朱夏の御前で様々に議論が交わされる。
「これ以上櫻花楼が富むことを、このまま許容していてよいのでしょうか」
「先日の第二室さまのお輿入れにも、随分骨を折ったとか?」
「貴族家の嫁入り道具を揃えるのは櫻花楼が適任とはいえ、一商家が力を持ちすぎるのも考えものですぞ」
つまるところ、己の家が大きな利益を得られないのが面白くないのである。
「外国との交易は、宮廷がしっかりと掌握すべきです」
「左様。櫻花楼だけが財力を持つのは、他の商家へも悪影響となりましょう」
「そうです。我が分家にも経営状態のよい商家がございます。今上帝さまに珍しいお品を献上すれば、きっとお心を掴むことでしょう」
呆れたように鼻を鳴らしたのは、朱夏の右の席に座る汐之であった。
「方々。そうは仰せられましても、かの楼は自身の財で船を建造するのです。今上さまもそれをお許しになられた。外国との交易によって我が国の流通が豊かになるならば、反対する理由がわかりかねますな」
「何を言われるか、湊刃の大臣!そもそも、外国との交易などという大事を、個人がなすべきではない」
「或いはその交易で得た益を、国に納めるというのならば、殊勝なことと褒めてやってもよいですがな」
「おお、それはよい!それならば、我らも反対など致しませんぞ」
さも国のためを思っているというような表情で、重臣たちは頷き合った。個人が富みすぎることを防ぎ、国益のために有意義な意見を出したと思っているのだろう。
さらに言葉を重ねようとした重臣たちを手で制し、朱夏はようやく口を開いた。
「其方らも、外国と交易をしたいというのならば、許可を出そう。櫻花楼のように、己が財力で船を建造し、大海原を渡るがよい」
その言葉に先ほどまでの勢いはどこへやったのか、重臣たちが目を見開いて押し黙った。お互いに顔を見合わせ、発言を譲り合うような動きを見せる。
「櫻花楼が富むのは面白くない。我が家に利益が出ないのも許せない。だが、自分で金は出したくない。それはまかり通らんと思わぬか?」
首を傾げてみせ、朱夏は静かに問いかけた。
「夏煌丸の建造には国庫から金を出した。湊刃家は海護隊結成に尽力した。輝山家は政を管理し、其方ら重臣の意見もよく聞いてやったうえで、国のために身を粉にして働いておる」
一つずつ指を立て、朱夏は幼子にもわかるような優しい声で続ける。
「其方らは、何をした?朕が帝となってから、すでに半年が経とうとしておる。その間、其方らは何か有益な働きを朕に見せたか?」
「……」
答えを返せない重臣たちに、朱夏はさらに言葉を続ける。
「成る程、己が家を富ませたいのは当主として当然の考えではある。だが、他の足を引っ張り己の家だけが利益を得たいなどと、都合のよい考え方はやめよ。朕の治世には不要だ」
ぱっと顔を上げた重臣たちが、驚愕に目を見開いている。旧く仕える己たちのことを、不要と切り捨てられるとは思わなかったのだ。
「き、今上帝さま……」
「長く国に仕える我らを不要とは、いくら今上帝さまとてお言葉がすぎますぞ」
「そうか?まこと、二心なく朕と国に仕えていると、そう言えるのか?」
「無論のことです!」
声を荒げた重臣の一人に、朱夏は視線を向けた。じっと瞳を覗き込まれ、重臣が狼狽える。
「ならば、どこの誰が富もうが、寛容な心で受け入れてやれるであろう。櫻花楼が見事交易を成功させ、国に珍しい品々を流通させれば、民の心も豊かになろう」
「……」
「そして、我が国の特産品をあちらの国へと流通させれば、品々を差し出した民も財を得ることができる。民が豊かになれば、引いては国も豊かになるだろう。それだけのことが、何故わからぬ?」
苦虫を噛み潰したような表情で、重臣たちが押し黙る。
「未来を見据えよ。其方らに先んじて櫻花楼が船を造ってくれるというのなら、その船に己が家からも人を乗せてもらえるよう、頼めばよいだけの話だ」
「それは……」
「貴族家としての体面か?一商家の楼主などに頼むのは業腹か?ならば、其方らの家がこれ以上益を得ることはなかろう」
立ち上がり、朱夏は重臣たちの顔を見回した。
「朕は申した。これまで以上に外国との交易を密にするのだと。その触れに応じて、櫻花楼の楼主は船の新造に着手したのだ。きちんと手順を踏み、朕の許可を得たうえでな」
「……」
「その行動力と胆力、財力に朕が胸を打たれたとて、其方らには何の文句も言えぬはずだ。よく考えよ」
きっぱりと言い渡し、朱夏が退室したことで朝議の時間は終わりを告げた。




