佰陸拾参
ぱらり、と書状をめくる音が執務室に響く。
大陸から帰還した大船に乗ってやって来た、三名の外交官からの帝への報告書である。
三名それぞれの名で封をされた書状は、一冊の書物ほどの分厚さで朱夏の目の前に差し出された。
「……そうか」
小さく呟いた朱夏に、汐之が気遣わしげな視線を向ける。
「どうなさいました?」
「唱洪の国で、新たに外交官に任じられた三名のために、歓迎の祝宴が開かれたらしい」
「ほう」
片眉を上げた汐之に、朱夏は善有が書いた書状を手渡した。
「私が目を通してもよろしいので?」
「秘書ではないからな。其方と輝山の大臣に見せられぬようなことは、書いてこないだろう」
「では、失礼して……」
書面に目を走らせた汐之を横目に、朱夏は続きを読み始めた。
親雪からの報告書も、善有とあまり変わりない内容である。
予定から寸分遅れず、大港を出航して二月後には大陸へとたどり着いた。
初めて乗る船に酔い、善有が十日ほど船室から出られなかった。
四季の国から唱洪の国へ戻る商人と、築岳が情報交換のために様々に語り合った。
その場の情景が浮かぶような筆致で、詳細に書かれていた。
親雪の文は続く。
大陸の大港で下船し、湊刃から派遣されている大陸駐在の者の案内で唱洪の国へと無事に入った。
これまで外交を担ってきた仙螺の外交官が、親雪たち三名の屋敷への来訪に驚愕していた。
外交官のための屋敷であるため、明け渡すように伝えれば抵抗を見せたこと。
海護隊の武官によって鎮圧され、次の大船で仙螺の人間を四季の国へ返すという報告までを、一息に読む。
「戻ったならば、仙螺の外交官にとっては針の筵となるであろうな」
「唱洪の国で真面目に職務に励んでいたでしょうからね。目通りを許し、進退を問いますか」
書面から目を上げた汐之が朱夏に尋ねる。
しばらく考え、朱夏は首を横に振った。
「そちらは輝山の大臣に任せる」
「仙螺から離れて、一文官として身を立てるほどの気概があればよろしいのですが」
汐之の言葉に頷き、朱夏はさらに読み進めた。
唱洪の国の文官に、朱夏からの任命書を見せて目通りが叶ったこと。
こちらの国では、宮廷に仕える文官のことを官僚と呼ぶらしい。
今は唱洪の国の皇帝との謁見を待っているところである。
その間に、官僚たちと交流を深め、亜伊夜の国への足掛かりとなる者を探したい。
親雪の報告書はそう締めくくられていた。
「細部まで、きちんと纏められた報告書であるな」
親雪を選んだ己の目は正しかったのだと、朱夏は満足に頬を緩めた。
輝山の大臣に手渡し、朱夏はさらに築岳からの報告書に視線を落とす。
「……築岳は、何というか……豪快な文字を書くのだな」
漏らされた感想に両大臣が苦笑を浮かべた。
「その者の性質を文字は表しますからね。善有は、少々神経質なところがありそうです」
「だが、その分細やかな気遣いができる男でもあるということだ」
善有の報告書を汐之から手渡され、輝山の大臣が代わりに舎利の入内についての書状を汐之に渡す。
「こちらは、後見の欄に其方が署名すれば完了だ」
「ありがたく。我が屋敷で、じっと入内の時を待っておりますよ」
「侍女は信頼できる者だな?」
輝山の大臣の問いに汐之は自信ありげに頷いた。
「湊刃家に長く仕える分家の出で、実を言えば私の乳母の娘です。よく気の利く、武芸も嗜む女傑ですよ」
「ほう」
「今奥宮においでの侍女たちよりは、幾らか年若ですが。第二室さまを守る盾となるでしょう」
「頼もしいことだな」
二人の会話に聞き耳を立てながら、朱夏は築岳の報告書を読み終えた。
やはり、唱洪の国では酒宴がよく行われるようで、ひ弱に見える親雪が狙われたようである。
三名の中ではもっとも体格が小さく、その名の通り男にしては白い肌の色も、弱く見えた所以であろう。
遥か海を越えてやって来た若輩の外交官を酔い潰してやろうと、唱洪の国の官僚が酒宴に誘い出したらしい。その結果に、朱夏は笑いが堪えられなかった。
「善有も築岳も酒宴について書いて寄越したというのに、親雪はそのことにまったく触れていないのが面白いな」
「いやはや。このまま大きな存在になってくれれば、自ずとあちらの宮廷でも目立つことでしょうな」
「唱洪の国には、恐らく亜伊夜の国の外交を担う者もいるだろう。その者と、何とか上手く顔を繋げるとよいのだが」
輝山の大臣の手から戻ってきた善有の報告書を元通りに畳み、朱夏は返信のための紙を抽斗から取り出した。
大船の出航は三日後である。今日の内に、三名への返信を認め大港へ届けねばならなかった。




