佰陸拾壱
夏煌丸が出航して五ヶ月が経った――。
先に出航していた大船が、大陸での交易を終えて四季の国へと戻ってくる。
この大船に、外交官たちの報告が乗ってくることを期待し、朱夏は多忙な日々を送っていた。
朝議の席で、輝山の大臣が齎した報に重臣たちが侃々諤々の議論を交わしている。
「湊刃家にご息女はおられぬというお話だったではありませぬかっ」
「我らを欺き、今上帝さまに取り入るためにいずれから見出してこられましたか!」
「そも、第二室というものは、ご正室さまに身分で劣るとも由緒ある家の娘御を迎えるべきもの。旧く仕えるお家を蔑ろになさるような真似は、今上帝さまの御世に影を落としますぞっ」
これまで側室は不要と公言してきた朱夏の、突然の発表に重臣たちは必死に言い募った。どこの馬の骨とも知れぬ女を迎えるならば、我が家の娘をと食い下がる。
「其方らは、朕が室を迎えるならばそれで満足すると思ったのだがな」
上座から零された呟きに、重臣たちが音を立てて顔を向けた。
肘掛けに肘をつき、頬杖をついた朱夏の呆れたような視線にぶつかる。
「き、今上帝さま……」
「確かにご側室を迎えられるよう、お願い致しました」
「ですがそれは、由緒正しき娘をと……」
「其方らの言う由緒正しき娘というのは、旧家名家から迎え入れろという話か?」
朱夏の問いに我が意を得たりとばかり、重臣たちが唾を飛ばして声高に叫ぶ。
「左様ですぞ!」
「第二室になられるというのは、いざという時ご正室さまの代わりを務められるということっ」
「奥宮の采配もなさらねばなりませぬっ。教養も美貌も、奥宮の者たちを従える統制力も必要となります!湊刃家の遠縁の庶子などに、務まるとは思えませぬっ」
くすり、と帝の右から笑い声が漏れた。
睨みつける重臣たちを見回し、汐之が口を開く。
「方々は、随分ご自身のお家の娘御に自信がおありのようだ」
「何を……」
「では、試してご覧になってはいかがか」
汐之が何を言い出したのかわからず、重臣たちが口を噤んだ。
「湊刃の大臣。試すとは?」
朱夏の問いかけに汐之が微笑んで答える。
「方々が仰せになった、教養、美貌、統率力。奥宮に仕える者たちを集め、我が家の娘と方々のお家の娘、競わせてはいかがですかな」
先ほどまでの勢いをどこへやったのか、重臣たちが眉間に皺を寄せて押し黙った。
「おや。自信がおありでない?」
からかうような汐之の声に、かっとなったのは近衛を輩出する武家の当主であった。以前から、汐之を敵視していた男である。
「我が家の娘を、侮辱なさるかっ」
「先に湊刃の娘を貶めたのはそちらでしょうに。まあ、言葉遊びをしている場合ではない。私はどちらでも構いませんよ。どうせ、我が家の娘が勝つ」
挑戦的な汐之の言葉に目を丸くしたのは、議論に参加していなかった者たちであった。
恐る恐る、手を挙げて発言の許可を取る。
「湊刃の大臣は、そのご息女が、重臣の方々の娘御よりも優れているとお考えなのですか」
その問いに、汐之の口角が上がった。
「でなければ、わざわざ本家の娘に迎えてまで、今上さまに入内させようなどとは思いませぬよ。我が家は、それほど厚顔ではない」
汐之の当てこすりに、顔を真っ赤にさせた重臣は一人ではなかった。
「右の大臣の位に上ったからといって、そのような侮辱を……」
「おや。私の言葉のどこに、そのような点がございましたか」
「もうよい。このまま其方らの話を聞いていても、特に耳を傾けるべき意見は出てこなさそうだ」
言い合いを止め、朱夏は輝山の大臣に目を向けた。
「輝山の大臣。入内の支度を進めよ」
「御意」
「今上帝さまっ、お待ちを」
「お話はまだ終わってはおりませぬっ」
しつこい重臣たちを見据え、朱夏は静かに告げた。
「我が娘こそは朕に相応しいと。本心からそう思うのならば、参内させよ。先の第二室どののような卑劣な手を使わず、見事朕の心を掴んでみせたなら、考えてやる」
ざわり、とその場の空気が揺らいだ。
先の第二室蓮黄が、仙螺の媚薬を用いて先帝の寵愛を得んとしたことは、公然の秘密として知られている話であった。
困惑したように顔を見合わせる重臣たちに、朱夏は重々しく告げた。
「湊刃家が、先の仙螺の二の舞になることを案じている者もおろう。だが、それはどの家も同じこと。朕の寵愛深い室を出した家は、仙螺のように権勢を振るえると皆考える」
誰も何も答えなかった。朱夏が言ったようなことは、娘を持つ家の当主ならば考えることであるからだ。
苦い顔をする重臣たちに、立ち上がった朱夏はきっぱりと言い放った。
「輝山家と湊刃家以上に朕が信頼している家は、今のところない。ならば、その家から娘を迎えるのが順当というものだ。口惜しければ、朕と国のために働き、朕の厚い信頼を勝ち取るがよい」
重臣たちに背を向けて、朱夏は朝議の場を後にした。




