佰伍拾漆
以前通された遊女を指名するための小部屋に、朱夏と輝山の大臣は通された。
先導してきた見習いの遊女が一礼して出ていくと、入れ替わりに凛慈が入ってくる。
「ようこそいらせられました、夏の君。それと……輝く左の君」
凛慈の言葉に、「ほう」と輝山の大臣が小さく呟いた。輝山をもじった通り名に、わざとらしく目尻を下げている。
「突然の訪れ、済まぬな」
「何を仰せですか。貴方さまならば、いつでも歓迎すると申し上げました」
櫻花楼で供される薬草茶を凛慈が手ずから淹れ、二人の前に差し出した。
「今宵は、夢のひとときをお求めで?」
「その前に、其方に話があってな」
「おや、どのような」
薬草茶を一口飲み、朱夏はちらりと隣に目をやった。
「私から話させるのですかな」
「いや……凛慈。こちらの君にな。舎利を見せたいのだ」
凛慈の片眉が上がった。
遊郭に女を買いに来る客は、大抵一人でやって来る。だが時折、二人か三人で訪れて金子を出し合い、一晩中遊女を共有する遊び方をする者もいる。
あまり裕福ではない若者が、友と協力して金を出し、何とか閨事を経験しようとするか。
或いは、贅を尽くし普通の女遊びに飽きた裕福な者が、同好の者を募って遊女を苛むか。
どちらもあまり褒められた遊び方ではないし、遊女たちの負担も大きい。櫻花楼ではできるだけ、そういった客は取らない方針であった。
目の前に座る二人は、凛慈の記憶が正しければ至高の帝とその祖父君である。そのような品性下劣な遊びをするとは思わないが、ついまじまじと見つめてしまった。
凛慈の表情に何を見たのか、朱夏が焦ったように手を振った。
「済まぬ、言葉が足りなかった。私は、舎利を身請けしたいと思っている」
きっぱりと告げた朱夏に、今度こそ凛慈は言葉を失った。
連れ去られた正室一人を愛し、その奪還に気を張っていると思っていた朱夏が何を言いだしたのか、と。
「実はな。恥ずかしい話なのだが」
「……はい?」
「重臣たちが側室を迎えろとうるさい。近頃では朝議の席でも、いつの間にかその話題ばかりになっている。いい加減、うんざりだ」
言葉を飾らないのは朱夏の美点だと思っていたが、これほどはっきりと言われてしまっては凛慈も返す言葉が見つからなかった。
「だが、私に側室を迎えるつもりはない。妻を愛しているからな」
「……」
「外国との交易にも目を向けねばならん。余所見をしている暇はないのだ」
凛慈との交渉を朱夏に任せるつもりなのか、輝山の大臣は無言で薬草茶に口をつけた。
「私が一人でも側室を迎えれば、重臣たちもひとまずは大人しくなるだろう」
「……」
「舎利に、助けてもらいたい」
口を閉ざした朱夏をしばらく見つめ、凛慈はこれまで聞いたことがないような呻き声を上げた。
「それは……ちょっと、調子に乗ったお願いというやつではございませんか」
「私もそう思う。酷なことを言っているともわかっている。それでも」
唇を舐め、朱夏は大きく息を吸い込んで口を開いた。
「気を張っていなければならない重臣の娘を迎えるよりも、私の心を慰めてくれる舎利を迎えたい」
「……」
「勿論。舎利が嫌がるならば、無理強いなどしない。これは、私の我儘だからな」
凛慈はそっと、黙ったままの輝山の大臣に視線を向けた。
「そちらさまは、どうお考えなのです?夏の君のお側に、遊郭上がりの女など侍らせてよろしいので?」
問われた輝山の大臣は、驚いたように瞳を丸くしてみせた。
「先代のお側にも、お一人おられたが」
「そちらは、すでにご嫡男がおいででしたでしょう。夏の君とは、お立場が違いました」
夏勢院が帝であった頃、第六室として琉兎を迎えた時にはすでに、日嗣宮になる嫡子の朱夏と冬廉親王の存在があった。遊郭から側室を迎えたとしても、反発は少ない状況だったのだ。
だが、現在朱夏に子はいないし、貴族から迎えた他の側室もいない。
「そこで、こちらからの提案なのだが。私もまだ見ていないその娘を、貴族家の養女にしてはどうかという話を持ってきたのだ」
「は……?」
表情を取り繕うことが得意なはずの凛慈が、先ほどから驚きっぱなしである。
「養女……どなたの」
「私の右に控える者」
「は……」
朱夏の答えで、凛慈の脳裏に大柄な海の男の姿が浮かんだ。日に焼けた肌の中、深い緑の双眸が穏やかな、豪放な男。
「それはまた……思い切りのよい」
「私だけが、まだその娘に会っていないのでな。夏の君に相応しいのか、かの家の養女に迎えてもよいものなのか、それを見極めたい」
薬草茶を飲み干した輝山の大臣に真っ直ぐ見つめられ、凛慈は頭を抱え込んだ――。




