幕間Ⅰ
夜通し騒いだ宴会も終わり、褐色の肌の青年がふらついた足取りで自身の私室へと向かう。
この熱砂の国でも、夜の間は心地よい風が吹くが、夜明けとともに気温は上がり始める。
己の息が酒臭いことを自覚しつつも、がっしりと大柄な体の腰に薄布を巻きつけただけの格好でふらふらと回廊を歩いた。
絹糸のような白髪を編んで背に垂らし、海色の双眸ですれ違う侍女たちの露わになった肌を舐めるように眺める。
誰もが肌を晒している中、たった一人、きちんと装束を着込んだやわらかな黒髪の女が青年の目を引いた。ゆるやかに髪を結い、顔の下半分を透ける絹で覆っている。確か、新緑の瞳をしていたなと、回らない頭で青年はぼんやりと考えた。
頭を下げる女の前を通り過ぎる時、ふわりと香の香りが青年の鼻に届いた。思わず、足を止める。
「お前……」
青年が声を掛けたことに、周囲の侍女たちが歓声を上げた。だが、黒髪の女だけは黙って頭を下げたままだ。
すっ、と手を伸ばした青年から逃れるように、黒髪の女が一歩下がった。それに構わず、青年は女の細い肩に手を置き、もう一方の手をその顔に伸ばした。
「……っ」
身動ぐ女の顔の薄絹を、青年が乱暴にめくった。
露わになった口元に、色香を感じさせる黒子が一つ。薄く紅を引いた唇は、震えているように見えた。
「そうか、お前……マドゥールが連れていた女だな」
「……」
女が目を伏せたことが気に入らず、青年は細い顎に指をかけて上を向かせた。
『……ぁ』
「この国の女たちとは、肌の色が違うな。その衣の下も、同じ肌色なのか?」
『あ、お許しを……』
「何を言っているのかわからん」
青年の顔が唇に近づいてくるのを、女が身を捩って逃げる。その態度が、青年は面白くなった。
ここでは誰もが、青年の寵愛を受けたがるというのに。
「お前は海の向こうから来たという話だったな。マドゥールが大層自慢げに語っていた妻とは、お前のことだろう」
『お、お離しください……』
「酷な男だな。愛する妻を、出世のために俺の後宮に入れるとは」
いや、と酔った頭で青年は考え直す。あの男は、この女ではなくもっと幼い、高貴な姫を差し出すと言ったのではなかったか。
首を傾げ、回廊に目を向ければ他の侍女たちが期待に瞳を輝かせた。
「お前たち、マドゥールが連れてきた姫がどこにいるか、知っているか?」
顔を見合わせた侍女たちが、遠慮がちに言葉を返す。
「陛下が今触れておいでの女が、大事に守っているようですわ」
「わたくしたちには、その者の言葉がわかりませんので、はっきりとは知りませんけれど」
「後宮の奥で、わたくしたちからも隠すように世話をしているようです」
口々に答える侍女たちの言葉で、青年はさらに首を傾げた。肩を掴んでいる女に視線を戻す。
伏せられた新緑の瞳は動揺に揺れ、震える唇が庇護欲をそそる。
この国で一般的に好まれる幼い女よりも、青年が好むのは目の前にいるような妙齢の美女であった。
「ふむ……決めたぞ。今宵はお前を召し上げよう」
きゃあっ、と歓声が上がった。侍女たちの声に、黒髪の女の肩がびくりと跳ねる。その怯えた様子が、さらに青年の笑みを深くした。
腰に巻いた薄布に差していた赤い花を抜き、青年は女の胸元にそれを飾った。青年の伽の相手を命じられた証である。
『あの、これは……?』
「うん?嬉しいか?俺の寝所には、その花を飾って来いよ」
『わた、わたくしは、その……お水をいただきに来ただけで……』
「うぅん。言葉がわからんのは不便だな。誰か、こいつの言葉がわかる奴はおらんか?」
侍女たちの中から、一人が進み出た。
「マドゥールさまをお呼びになればよろしいのでは?」
「そうなんだが。あいつも忙しいらしくてな。昨夜の宴にも不在だった」
「宰相さまに言伝なさってはいかがですか?」
薄い絹から豊満な谷間を見せつけている侍女が、青年に向かって微笑んでみせた。
「そうか。そうだな。よし、誰か宰相に伝えて参れ」
「承りましたわ」
恭しく頭を下げた侍女が去っていく背を見送りながら、青年は再び黒髪の女を見下ろした。
今宵の楽しみのために、午睡の時間はたっぷり取ろうと心に決めたのであった――。




