佰伍拾
薬草茶に口をつけた三名が、同時に吐息を漏らした。
「薬草茶の味はどうか?」
朱夏の問いに、善有が口を開く。
「私は初めて口にしました。これほど爽やかなのですね」
隣に座った親雪も頷いた。
「唱洪の国では、この茶が好んで飲まれているのでしょうか」
「今は櫻花楼が流通させているが、まだまだ高価であるからな。唱洪の国でよく飲まれているかは、これから其方らがその目で確かめてくればよい」
その言葉に顔を上げた三名に、朱夏は微笑んだ。
「築岳はすでに見聞きしているやもしれぬが、善有と親雪は外国に渡るのは初めてであろう。其方らの目で、しっかりと我が国との違いを見てくればよい」
善有と親雪の背筋が伸びた。それぞれの瞳に、改めて決意の炎が宿る。
「そのための、外交官であろう?」
姿勢を正した築岳が口を開く。
「今上帝さまが、我らをお選びくださったのは、何故なのでしょうか」
善有と親雪がはっとしたように築岳を見るが、築岳は朱夏から視線を逸らさないままだった。その様子に、朱夏は苦笑を浮かべる。
「何故、とは?朕の決定に異論があるのか?」
「いえ。選んでいただき光栄なことと存じます。ですが、旧家名家の方々から選ばれると思っておりましたので」
「ふむ」
茶器を卓に置き、朱夏は真っ直ぐに築岳を見返した。
「其方らはまだ知らぬことを、ここで明かそう」
朱夏の言葉に、烏が素早く動いた。
閉じていた扉を細く開け、外に人の気配がないことを確かめる。きっちりと扉を閉め直し、さらにその扉を塞ぐように立った。
卓を囲んで朱夏の左右に控えるような位置に座る両大臣も、黙ったまま朱夏の言葉を遮らないように薬草茶を口に運んだ。
「実はな。朕は妻を愛しているのだ」
「は……?」
ぽかん、と三名の口が開いた。何を言われるのかと身構えていたところに、予想外のことを言われて戸惑っている。
「幼い頃から見守ってきた、大事な従妹姫なのだ」
「はぁ……」
「だが、奪われた」
「っ!」
息を呑む三名の反応に構わず、朱夏は続ける。
「先の仙螺の顛末は聞いているか?」
朱夏の問いに三名が頷いたのを確かめ、朱夏も首を縦に振る。
「朕の威光を翳らせようとしたのかはわからぬ。口惜しいことに、下手人を逃がしてしまったのでな」
「……」
「其方らが細君を持っているのかは知らぬが。朕は、妻を奪われたまま黙っているような男ではない」
真剣な表情を浮かべる三名に、朱夏はさらに言葉を重ねた。
「どうやら外国に連れ去られてしまったようだ、ということは判明している」
「外国に……」
「国益のために、外国との交易を厚くするのは勿論、大いなる目的の一つではある。だが、朕は妻を取り戻さねばならぬ」
ごくり、と誰かが唾を飲み込んだ。
「四季の国の帝の正室だ。奪われたままで、放っておくことなどできると思うか?」
「その、外国とは、一体……」
「亜伊夜の国」
再び息を呑んだのは、亜伊夜の国に赴いたと面接で語った築岳である。かの国の風習を思い起こしたのだろう。徐々に顔色が蒼白になっていく。
「しかし、確証がない。我が国とは国交もない。よって、柔軟な考えを持つ其方らを任命した。頭の固い重臣たちでは、そもそも交流する国を増やすことすら困難だ」
「……」
「朕がこうして恥を晒しても、其方らの職務への熱意は変わらぬと、そう思ったから選出した」
生真面目な表情で告げる朱夏に、築岳が身を乗り出して尋ねた。
「何故、亜伊夜の国だと?」
「うむ。下手人と思われる男が、亜伊夜の国と通じていたらしいという証言があった。それと、大港から先ごろ、亜伊夜の国所有の帆船が出航した。国交がないにも関わらず、大港に一月留まっていた」
「その、下手人については、お尋ねしてもよろしいのでしょうか」
尋ねたのは善有である。外交を担っていた仙螺家に仕えていた青年。妙葵と顔を合わせたことがあったのかどうか。
「ここから外に漏らさぬと誓えるか?」
「勿論です!」
「元は輝山出身の文官であった。先の仙螺の謀反騒動の際、どうやら仙螺に与していたらしいな。そして、我が妻を連れ去った」
「まさか……妙葵どの……」
親雪の言葉に朱夏は眉を上げた。妙葵の名を知っているとは思わなかったのだ。
「其方、知己であったのか?」
「あ、いえ。私ではなく、父が……」
「秀聯の当主が?」
震える唇を舐め、親雪が深く頷いた。
「父は時折宮廷に伺候し、都の方々から田舎者と笑われておりましたが。親切にしていただいた文官がいると話しておりました。やはり輝山家の方々は、懐が深いと家でもよく話しているのを聞いておりました」
「そうか……」
「ですが、仙螺家の騒動の折、どうやら今上帝さまに弓引いたのではないかと宮中で噂になっていると。私も父もまさかと思ったのですが、こうして本宮を歩いていてもかの御方らしき人物を見かけず不思議に思っておりました」
口を閉ざした親雪は、心配そうに朱夏を見やった。
「その、妙葵どのと知り合いであった父は、罰せられますか?私の外交官任命も、取り止めとなりますでしょうか」
弱々しい言葉に、朱夏は苦笑した。
「其方は其方。秀聯の当主は秀聯の当主であろう。そして、妙葵と知り合いであった程度で、罰することなど何もない」
朱夏の言葉に、親雪は深く安堵したように微笑んだ。
「なのでな。其方らには唱洪の国との交易に励んでもらい、さらに亜伊夜の国へも赴いてもらうこととなる」
「……!」
「想定していたより危険やもしれぬ。無論、新たに組織した海護隊をつける。それでも、話が違うと辞退するならそれでもよい。今の内に申し立ててくれ」
重たい沈黙が場を支配した。




