佰肆拾捌
新たな体制の発表が、朝議の場でなされる。
居並ぶ重臣たちを前に、輝山の大臣が淡々と書状を読み上げた。
「――以上をもって、ここに覇杵の善有、秀聯の親雪、商家の築岳の三名を外交官として任命致します。任命式は日を改めまして、表宮の大広間にて行います」
口を閉ざした輝山の大臣に、重臣の一人が手を上げた。
「よろしいですかな」
「どうぞ」
「何故、高位の貴族からの者が一人もいないのでしょうか。外国との交易を主とするならば、血筋正しき者を選出なさるべきでは?」
その言葉に、他の重臣たちからも肯定の声が上がる。
「そも、覇杵家も秀聯家も、政の中心とは言えませぬ。高尚な交渉ができるとも思えませぬが」
「大陸に渡るためには、途方もない金がかかります。その者たちに、旅支度ができるのですか」
「船の建造に国庫から予算を捻出したばかりです。この上、まだ金を払うのですかな」
口々に話される意見を聞きながら、朱夏はうんざりした気持ちを隠せそうになかった。やはり重臣たちは、己の息がかかった者を外交官として送り込みたいのだろう。
そういった者たちは、ことごとく試験で落ちたのだが。
「方々の懸念ももっともです。まずは予算についてですが、解体した先帝の奥宮のために充てられていた予算を、此度の外交の費用に致したいと考えます。今上帝さまはご側室をお迎えではございませんので、奥宮の予算が浮いております」
現在奥宮は閉ざされている。朱夏には側室がいないし、正室である煌姫が不在の今、奥宮に割かれる予算は無駄であった。
「外交官に任じた三名の支度は、その費用で賄えるでしょう」
「国庫に余裕はそれほどございませんぞ」
予算の管理を預かる重臣が反論する。
「裕福でない家の者が三名。その分の支度をすべて、その奥宮の予算から賄うのですか」
「それは、専横になるのではございませんか」
「いずれ今上帝さまがご側室をお迎えになられた時に、質素な奥宮では恥となりましょう」
次々に出される意見に朱夏は息を吐く。煌姫が救出されるまで、いや取り返した後でも、側室を持つつもりは朱夏にはなかった。
「その時が来ましたなら、そのご側室のご生家と金勘定をすればよろしい」
ぴしゃりと跳ね除けた輝山の大臣に、重臣たちが驚いたように目を見開いた。
「誰をお迎えになるとの話もまだ、議題に上ったことがありません。今上さまにそのおつもりがないのは、わかりきったこと。今議論すべき話ではございません」
口を噤んだ重臣たちを見回し、輝山の大臣が続ける。
「それと、選出された者が下位の者たちだというご意見ですが。今上帝さまは身分の貴賤は問わぬと仰せになりました。実力があり、海を渡るだけの胆力があり、実直に職務をこなせる者を選びました」
「ですが、交易となると外国の高貴な御方と渡り合えねばなりません。下々の者では、荷が重すぎるのではありませんかな」
なおも言い募る重臣にも、輝山の大臣は淡々と返していく。
「血筋だけで選んで、その高貴な御方のご不興を買う方が、我が国のためになりませぬ。四季の国での身分が低かろうと、実力主義の外国でそれほど問題になるとも思えませんな」
「それは……」
「此度選んだ者の中には、すでに一度外国へ渡ったことのある者がおります。それに、下位とはいえ貴族の出自の者もおります。交易の席に着くのに不都合と言えるほどの問題はございませぬ」
輝山の大臣の説明に重臣が黙り込んだところで、朱夏は口を開いた。
「大船の新造には、国庫の予算だけでなく、湊刃からも費用を捻出してくれておる。海護隊の編成にも、だ。其方らは、それに代わるほどの金を出せるのか?それもできずに、面白くないという考えだけで朕の選出に反論しておるのか?」
冷え冷えとした声に、重臣たちが口を噤む。忌々しそうに汐之を睨みつける者もいるが、声は上がらなかった。
「反対するのは勝手だが。国の益となる案も出せぬのに、輝山の大臣に食ってかかるのはやめよ。不快だ」
国の頂である帝にこうまで言われては、重臣たちもそれ以上の反論の言葉を持たなかった。
内心の溜息を隠し、朱夏は輝山の大臣に視線を向ける。
「大船の建造は、いつ頃竣工を迎える?」
「現在突貫で行っておりますが、あと一月ほどはいただきたく」
「では、その間に外交官の任命式を済ませ旅支度を終えさせよ」
「御意」
頭を下げた輝山の大臣から、朱夏は汐之へと視線を移した。
「海護隊の編成についての進捗はどうだ?」
「すでに隊員の選出は終えております。大港の守護に残す者も決まっております。あとは装備を整え、大船の完成を待つばかりでございます」
「仕事が早くて結構だ。この場におる者たちにも、そのくらいはできるようになってほしいものだが」
ちくり、と重臣たちに釘を差し、朱夏は静かに立ち上がった。
「朕の治世において、外国との交易は要となると以前にも申した。長く仕える名家の出であろうと、足を引っ張る者は要らぬ。皆、心して仕えよ」
深く頭を垂れた重臣たちを残し、朱夏は朝議の場を後にした。
朱夏の視線の先には、遠く亜伊夜の国しか映ってはいなかった――。




