佰肆拾漆
静まり返った大広間に、輝山の大臣の咳払いが響いた。
「では、最後の問いだ。外交官となれば、当然外国へと派遣される。其方はすでに見知っておるようだが、その旅路は長い。生きて戻れる保証もない」
「はい」
「命の危険もあろう。それでも、今上帝さまに外交官として任命されたなら、その命を賭して職務に当たる覚悟があるか」
他の二人が固唾を呑んで見守る中、築岳は表情を変えずに頷いた。
「再び海を渡れるのならば、本望でございます。無論、今上帝さまの命に従い職務をこなしてみせる自信もございますが、他国を再びこの目で見ることができるのならば、無上の喜びでございます」
きっぱりと言い切った築岳に頷き、輝山の大臣が面接の終了を告げる。
「これにて、本日の面接は終了とする。結果は追って沙汰する。皆、ご苦労であった」
その言葉に若者たちが立ち上がり、揃って頭を下げた。
三名が退室していくのを見送り、朱夏もそっと小部屋を出て執務室に戻った。
まだ心臓がうるさく鳴り響いている。長椅子に座って息を吐いていると、両大臣が戻ってきた。
すでに日は沈みかけ、室内を西日が照らしている。
「お疲れ様でございました」
烏が淹れた薬草茶に糖蜜を垂らしてもらい、朱夏は疲れた頭を休ませた。このまま長椅子に寝そべってしまいたかったが、輝山の大臣の小言が飛んでくるのはわかりきっていた。
「いかがでございましたか」
向かいに座った汐之の問いに、朱夏は微笑んで答えた。
「驚いた」
「何に、驚かれました?」
「其方が気に入るだけのことはあると、初めは面白く話を聞いていたが。まさか、亜伊夜の国にも赴いたことがあるとは」
朱夏の言葉に輝山の大臣も頷く。
「豪胆で正直。あの場で湊刃の大臣と会ったことがあると明かすのは、普通ならば躊躇するものだが」
「実際、縁故などまったくないんですがね。貴族の子息たちと同じ刻の面接でなくてよかったですよ」
くつくつと笑い、汐之が茶を啜った。
「さて。本日の面接は終了しましたが。今上さまにおかれましては、どの者がお気に召しましたかな」
挑むような汐之の視線に、朱夏は苦笑を浮かべた。まるで、朱夏の胸の内などすべて、お見通しだと言わんばかりの顔である。
「朕が私情で選んでいいのならば、築岳一択ということになるが」
「ええ」
「秀聯の四男も気に入った」
命を捨てない、生きて朱夏に仕えると言い切った、地方で育った子息。
「貴族からも選んだ方が、重臣方の説得も上手く運ぶでしょうが」
「旧家名家から選出しないとなると、やはり反発はあるでしょう」
二人の言葉に頷きながら、朱夏は続ける。
「反発する者は、命の危険のある旅に己が家から人を出せるのかと言ってやればよい。嫡男や次男を外交官にと言うのなら、朕が選んだ者たちと同等の危険を冒す覚悟があるのか、とな」
朱夏の言葉に汐之は吹き出した。隣で、輝山の大臣も珍しく面白そうな表情を浮かべる。
「秀聯の四男。築岳。それともう一人選びたい」
「下位貴族、小さな商家。ならば中流から高位の貴族からも一人、選ぶべきですな」
腕を組んだ輝山の大臣に、汐之が視線を向けた。
「大臣は、気に入られた者はおりませんか?」
「う、む……皆、似たり寄ったりの回答であったからのぉ」
「そう言えば……」
ぽつり、と呟いた朱夏に両大臣の視線が向く。
「どうなさいました?」
「一人、昔仙螺で働いていた者がいたな」
朱夏の言葉に両大臣が目を剥いた。
「貴族の子息たちの面接にいた者ですな」
「外交がしたくて仙螺に仕えていたが、黄駕と蓮黄の不興を買って追い出されたとか」
「面接という場で、あのまま仙螺にいなくてよかったなどと語るとは、あれもなかなか豪胆でしたな」
午前中の面接で、確か三番目に答えた若者であった。
仙螺家を追い出された後は、下位の文官のさらに下について働いていたらしい。成り上がる機会と、この試験を受けたと答えていた。
「出自は、確か覇杵ではなかったか」
「……大きな旧家ではないが、ぎりぎり中流貴族といったところですね」
ぽん、と朱夏は膝を打った。
「覇杵の次男、秀聯の四男、そして築岳。この三名を任じる」
朱夏の決断に、両大臣は頭を下げて答えた。




