佰肆拾陸
三名の若者が大広間に入ってくる。
麻の装束を緩く着込んだ者。
金にあかせた豪奢な装束を自慢げに着こなしている者。
そして、最後の一人――。
灰色の髪を編み込んで纏め、藍色の双眸で真っ直ぐに前を向いて歩いてくる。
文官の装束に似た藍色の衣と袴に身を包み、背筋を伸ばしたまま両大臣の前で立ち止まった。
三名が拝礼する。だが、貴族の子息たちとは違いその動きや角度はばらばらであった。浅く頭を下げるだけの者や、許しを得る前に頭を上げた者もいる。
両大臣は咎めず、輝山の大臣が口を開いた。
「面を上げて、楽にせよ」
その様子を再び小部屋から眺めながら、朱夏はじっと三名を観察する。どの若者が、汐之の話していた築岳であろうかと考えながら。
いや、あの豪奢な装束の者は違うだろう。生家が裕福ではないと言っていた。
では、先頭のあの若者か。或いは、最後に入ってきた者だろうか。
朱夏の胸の内に期待と焦燥が広がっていく。この面接で、煌姫救出に一歩近づくための外交官が決まる。よくよく見極め、選ばなければならなかった。
四季の国の今後を決める、重大な面接が始まる。
「では、次の者」
先の二人への質疑を終え、両大臣の視線が最後の若者に向けられた。
痛みだした頭を手で押さえながら、朱夏は小部屋で溜息を吐く。
飯をたらふく食いたい。
名誉ある職に就き、今以上に贅沢な暮らしがしたい。
外交官になれば、これまで己を見下してきた奴らを顎で使えるようになる。
そんなことばかり答えていた。命を懸ける覚悟があるかという問いに、震え上がってもいた。
「其方の、此度の試験に志願した動機は?」
朱夏と同じように内心では疲れているだろうに、一切感じさせずに質疑を続ける輝山の大臣はさすがであった。
「私は、築岳と申します。北領の商家の出身でございます。文官を志望しておりましたが、我が家は商家とはいえそれほど稼いでいるわけではございませんので、諦めました」
立ち上がった若者の名乗りに、朱夏は覗いていることも忘れて窓に向かって身を乗り出す。
藍色の瞳に、深い理性の色が浮かんでいるような気がした。
「外国で一旗揚げてやろうと、二年前は大陸にも渡りました。旅のために貯め込んだ金子をすべて放出する羽目になりましたが、得難い経験でございました。此度、外交官を広く募るという触れに、また海を渡れると期待し志願致しました」
ちらり、と視線を向けられた汐之が、笑みを浮かべたまま続きを促す。
「湊刃の大臣には、その際に大港にてお目見え致しました。旅の無事を祈っていただき、今こうして五体満足で立てていることに、感謝申し上げます」
その言葉に朱夏は驚いた。縁故であることを疑われるかもしれないような話を、今この場で口にするとは思わなかったのだ。
他の二人の若者も、驚きに目を見開いて築岳を見上げている。
「……大陸では、唱洪の国だけに訪れたのか?」
輝山の大臣に問われ、築岳の視線が汐之から逸らされた。
「いえ、他の国々もいくつか巡りました。唱洪ほどの大国はありませんでしたが、せっかく大枚をはたいて得た機会でございましたから。見聞を深めるためにも、帰還の大船が出るぎりぎりの刻限まで大陸を回りました」
「興味深い国はあったか?」
汐之の問いには、しばらく考え込む。
「四季の国とは違う気候。違う人々。肌の色も瞳の色も、見たことがないような人々に出会いました。どの国も面白く、我が国とは違う制度で生きるのを見るのも面白うございましたが」
「うむ」
「やはり、砂漠の先にある国が興味深くございました」
思わず、朱夏は拳を握って口元に当てた。叫びだしてしまいそうだった。
早くなる鼓動を抑え、額から流れだした汗もそのままに、築岳の言葉の続きを待つ。
「ほう。熱砂の地を越えたか。その先にある国ということは……」
「亜伊夜の国という国でございました」
「っ!」
小部屋に潜みながら、朱夏は涙が出そうだった。亜伊夜の国に赴いたことのある者が、これほど近くに――。
今すぐ飛び出していきたい衝動を抑え込み、面接の様子を固唾を呑んで見守る。
「現在我が国とは交流のない国だな。どのような印象であった?」
静かな汐之の問いかけに、築岳は考えながら答える。
「到着するまでに思いの外時を要しましたので、あまり長居はできなかったのですが。一言で言えば、そうですね……情熱の国かと」
「情熱の国?」
「このような場で口にするのは憚られますが。男女の仲を秘め事とせず、むしろ積極的に肌を見せて誘惑し合うような、我が国とはまったく違う文化でございました」
他の若者二人が息を呑むのにも構わず、築岳は淡々と続ける。
「あの国は王政を敷いておりますが、高貴なご身分の方々もそのような風習の中にあります。むしろ、積極的に町に下りて新たな妻を探しているような印象でございました」
「ほう……」
「町の娘たちも、高貴な御方に見初められようと、照りつける太陽の下で肌を晒しておりました」
顎に手を当てて考え込む輝山の大臣を横目に、汐之がさらに問いかけた。
「その国の政についてはどう思う?」
「絶対的な王が一人。その下に、我が国と同じように重臣の方々がおいでのようですが。旧家の者ばかりでなく、民から成り上がった者が国の重要な地位に就くこともあるようでした」
「それを、旅しただけの其方が何故、知れた?」
鋭く尋ねられても、築岳の顔色は変わらなかった。
「民が自慢げに、町の酒場でそう語っておりました。あの国で、高貴な方々がお隠しになるのは政の内容でもなく身分でもなく、後宮に囲い込んだ細君の肌です」
きっぱりと告げられた内容に、しばらくその場の誰もが言葉を発せなかった。




