佰肆拾伍
午前中の貴族子息たちの面接を終え、朱夏は両大臣とともに執務室へと戻った。
長椅子に腰掛け、烏の淹れた茶を啜る。
「いかがでございましたかな」
向かいに座った輝山の大臣が、同じく茶に口をつけながら尋ねてきた。
「うん。なかなかに面白かった」
「普段今上さまに目通りできるような身分ではない者たちですからな」
「旧家出身であっても、傲慢なだけの若者ばかりではないのだな」
輝山の大臣が練りに練った試験問題に優秀な答えを出した者たちだ。凝り固まった古い考えの重臣たちとは、毛色の違う者が多かった。
「まぁ、己が受かって当然という態度が透けて見える者もおりましたがね」
苦笑とともに紡がれた汐之の言葉に、朱夏も頷く。
「ああいう者が、航海では真っ先に命を落とすのだろうか」
「どうでしょうねぇ。高貴な身分を鼻にかける者は、下の者を盾にしようとしますから。案外意地汚く生き残るのではありませんか」
さもありなんと首を振り、朱夏は汐之を見上げた。
「其方らは、気に入った者がいたか?」
「「秀聯の四男」」
両大臣の答えが揃ったことに朱夏は小さく笑った。
「私と同じ意見か」
「面白い若者でしたな。秀聯のご当主は、領地におられることも多くあまり顔を合わせたことがありませんが」
「宮中のどの派閥にも属しておりません。先の仙螺の謀反には、擁護する声こそありませんでしたが、上手く運べばおこぼれに預かろうという考えの者もいたようですが」
輝山の大臣の言葉に、朱夏の眉間に皺が寄った。
「聞いていないぞ」
「現実に何事か罪を犯したわけではございませんからな」
「しかし、秀聯はあの喧騒から一歩離れた位置にいた。その堅実さを引き継いでいるのなら、あの四男坊も生真面目な性質でしょうな」
茶を飲み干し、朱夏は口を開いた。
「命をなくせば、朕に仕えることができない、か。あの考え方は、秀聯の思想であろうか」
「さて、そこまでは。実利的な考え方は私の好みですがね」
悪戯っぽく笑う汐之に、朱夏も小さく笑みを浮かべる。
「其方の好きそうな考え方だなとは思ったが」
「ですが、それだけではいけませんぞ。命を懸けられると、迷いなく答える気概も必要な場面がございます」
「手厳しいな、輝山の大臣は」
執務室の扉が叩かれ、烏が誰何のために近寄った。
「さて。昼餉の後は民の中から面接に上がってきた者だな」
「数は三名。やはり貴族に比べると少ないですな」
「読み書きができねば、そもそも試験を受けられませんからな」
戻ってきた烏が朱夏に告げる。
「今上さま、昼餉のご用意ができたようです」
「そうか」
茶器を卓に置いて、朱夏は立ち上がった。両大臣を見下ろす。
「其方らも、ともに来るか?」
「いえ、我らは昼からの支度がございます」
「ごゆるりと召し上がられ、午後からにお備えください」
頷いた朱夏は、烏を供に執務室を出ていった。
残された大臣二人が、顔を見合わせて溜息を零す。
「実際、秀聯の四男坊はいかが思われます?」
口を開いたのは汐之であった。確かに面白い考え方の若者だとは思ったが、生家に力がない。いざ大陸に渡るとなると、実家での支度に大金がかかる。
「国庫の予算から出せる額には限度がある。此度の試験で民からの志願者を合格とするならば、そちらにも予算を割いてやらねばならぬ」
「国庫を預かる重臣が、渋い顔をするのが目に浮かびますね。出世払いということにして、湊刃家から出しても構いませんが」
汐之の提案に、輝山の大臣は重々しく首を振る。
「湊刃の金は、海護隊の運用に遣われるのであろう?余力はなかろう」
その言葉に苦笑し、汐之は再び溜息を吐いた。
「次の朝議で、どれだけ予算を引っ張れるか。己が家から外交官が出ないとなれば、重臣方はますます渋るでしょうなぁ」
「だが、必要な金だ。大きな商家の出の者がおれば、な」
国を運営していくための資金は、言ってしまえば民の年貢なのだ。その使い途は正しく公表できるものでなくてはならない。
朱夏が私欲のために国庫の金を遣っているなどと、人の口に上るような事態は何としても避けなくてはならなかった。
「ともあれ、まずは外交官を決めなくてはなりません。資金繰りは、また考えますよ」
「そうだな。今上さまが憂いなく政を行えるように、整えるのが我らの役目だ」
どちらからともなく立ち上がり、昼餉のために両大臣も執務室を後にした。




