佰肆拾肆
帝の左右の大臣が上座に座る大広間へ、外交官の試験を通過した若者たちが入ってくる。
ある者は期待に瞳を輝かせて。
ある者は不安そうな表情を隠しもしない。
またある者は、初めて訪れた本宮の大広間を好奇心に染まった視線で見回している。
十名の若者が両大臣の前に立ち、揃って拝礼した。その様子を、隣の小部屋の窓から朱夏が覗いている。朱夏の位置から一人一人の顔をしっかりとは見えないが、この時間は貴族の子息たちが面接に臨んでいた。皆きっちりと質のいい装束を着込み頭を下げている。
「面を上げよ」
輝山の大臣の声に若者たちが頭を上げる。
「ここに呼ばれた者は、先の試験で優秀な成績を修め、外交官としての素質を見出された者である。これより、我ら両大臣の問いに順に答えてもらう」
「この面接ですべての合否が決まるわけではないので、問われたことに素直に答え其方らの考えを聞かせてもらいたい」
二人の言葉に緊張の面持ちで頷き、若者たちが用意された椅子に浅く腰掛けた。
「さて。まずは此度の試験に志願した動機を聞かせてもらおう」
大臣から見て左側の若者に視線が向けられた。まだ少年といっても差し支えないほど幼い顔立ちが、期待と不安に染まる。
「わたっ、私はっ、秀聯家の四男でっ、文官を志望しておりました。幼い頃より外国に憧れを持ち、いずれは唱洪の国との交易を扱う職に就きたいとっ、そう思っておりました」
緊張に吃りながらも、はきはきと答える様子を朱夏はじっと眺めた。
秀聯家は重臣を輩出したことがなく、朱夏は当主とも式典の折に顔を合わせた程度の関わりしかなかった。だが、生真面目な性質で宮廷に文官として仕え、有する領地は小さいながらも堅実に運営していると報告を受けている。
「此度の試験で、最も難しいと思えた設問は何であった?」
秀聯家のことを考えている内に、面接の質疑は進んでいた。
「私が難しく思えたのは、唱洪の国以外に赴いてみたい国があるかという問いでございました。我が生家の領地は都から遠く、外国渡りの品もあまり見たことがございませんでした」
最近になって領地から都へと出てきたらしい若者は、考え考え答え続けた。
「それでも時折、行商の者が持参する品々は我が領では見ないような美しい品々で。唱洪の国に憧れを抱くまでにそれほど時はかかりませんでした」
「ふむ」
「私にとって、海の向こうの国というのは唱洪の国であって、それ以外の国のことを考えたことなどございませんでしたから。この設問が最も難しく感じました」
若者の答えに輝山の大臣は頷き、汐之が時折何か書きつけながら質問を続けていく。
「では、其方が外交官として任命されたなら、唱洪の国との交易を主とした仕事がしたいのだな」
「は、はい。ですが、大陸には他にも様々な国があると聞きます。命じられればどこへでも赴く覚悟です!」
「最後に問う。よくよく考えて答えよ」
輝山の大臣の言葉に、秀聯家の四男は姿勢を正した。
「外交官となれば、外国へと派遣されることになるのは当然であるが。その旅路は長い。一度旅立てば、そうそう故国に戻ることは叶わぬ」
「は……」
「下手をすれば、命の危険もあるやもしれぬ。それでも、今上帝さまに任命されたなら、その命を賭して職務に当たる覚悟があるか」
息を呑んだのは、秀聯家の四男だけではなかった。並んで座る他の者たちからも、戸惑ったような空気が伝わってくる。
「文官であるからと、危険のない任務などないのだ。軽い気持ちで志願した者がいるのなら、今の内に辞退することを勧める」
「……わ、私は」
「うむ」
しばらく迷うように視線を彷徨わせた若者が、汐之が座る場所で目を止めた。
「私はっ、湊刃の大臣のようにっ、実力で成り上がりたいと思っています!」
その言葉に目を丸くしたのは汐之の方であった。
「我が生家は力もなく、領地も小さく。宮中でも田舎者と馬鹿にされるような家でございます。ですが、今上帝さまの御世ならば、実力を示せば湊刃の大臣のように、旧い家の出自でなくとも高い位置に上れる」
「……」
「そのために命を捨てる気はございません。死んでしまっては、今上帝さまにお仕えすることができなくなりますから」
覗いている朱夏の目にも、汐之の雰囲気が変わったのがわかった。吹き出すのを堪えるような、面白いものを見つけた時のような表情をしている。
「それでも、私は……外交官に任じられる栄誉に与れたなら、この命の限り尽くす所存でございます」
「成る程。よくわかった」
「其方への質疑はここまでだ。次の者、立て」
満足げな両大臣の答えに安堵したのか、深く息を吐きだして秀聯の四男が椅子に座り直した。
その隣で、次の若者が立ち上がる。
こうして次々と、両大臣による貴族の子息たちへの面接は進んでいった。




