佰肆拾参
四季の国の新たな外交官を定めるための試験が開始された。
これまで外交を担ってきた仙螺家から徴収した資料を基に作られた問題で筆記を行い、優秀な成績を修めた者が左右の大臣との面接に進む。
本来ならば、一つ手前の段階で高位の文官の面接があるが、己の手の者を差し込みたい重臣たちの横槍を嫌った朱夏が、時間がないことを理由にその過程を飛ばした。
執務机に向かい、朱夏は差し出された書面に目を走らせる。
「……広く国中から募ったが。やはり都出身の者が多いようだな」
「地方に住まう者たちからすれば、都に出てくるだけでも大きな旅です。ましてや海の向こうなど、どんな危険があるやもしれませんからな」
輝山の大臣の答えに朱夏は目を見開いた。
「だが、各家の当主たちは、領地と宮廷とを行き来しているだろう?」
「大仰な行列を従えて、護衛も大勢引き連れての旅と、民が少人数で危険な旅路を進むのとを同じに考えてはなりませんよ」
今度は汐之から苦言が飛んできた。難しい顔になって朱夏は腕を組む。
「己が生まれた国だというのに、そのすべてを知らずにいるのはつまらぬことだな」
「そうは仰せになりましても。今上さまとて、以前に大港へ行かれるまでは都を出られたことなどございませんでしょう?」
試験結果を書きつけた書類を睨みながらの汐之の言葉に、朱夏は考え込んだ。
「想定していたほどの妨害がなかったことも、僥倖であったな」
「そうですね。やはり輝山の大臣の配下の文官が、目を光らせていたことが大きかったのでしょう。圧力をかけて他の志願者を潰すよりも、各々の家の子息たちを正規の手段で試験に臨ませる方が、今上さまの覚えもよくなると考えたのでは?」
輝山の大臣に答えながら、汐之がふと書類をめくる手を止めた。
「ああ、やはりこの男は優秀ですね」
「どれだ?」
横から手元を覗き込まれた汐之が、よく見えるようにと書面を輝山の大臣に向けた。明日から始まる両大臣との面接に進んだ者たちの名簿である。
「この、築岳という男です。北領の商家の出ですが、幾度か会ったことがあります」
「会ったとは、どこで?」
「大港です。二年前の大船に乗って、大陸に渡ったことがあるはずですよ」
二人の会話が気になり、朱夏は顔を上げた。
「商人なのか?」
「いえ、文官を志望していた男です。試験に受かるだけの頭はありますし、気も利く人間ですが、いかんせん生家が裕福ではなかった。高位の文官との面接で渡せるような、袖の下を用意できなかったのです」
「……」
父夏勢も、祖父であった先々帝も、賄賂の横行などというものは許さなかったはずだ。だが、どこにでも、抜け道というものはある。
「ですから、外国に希望を見出そうとする考えも頷けます。唱洪の国も我が国と同様、名家の出の者が幅を利かせてはおりますが、実力次第で成り上がることもできる」
「……」
「さらにその先の、亜伊夜の国ではどうかわかりませんが。面白い話は聞けるかもしれません。宮中の文官たちとは、違う目を持っているでしょうから」
しばらく考え、朱夏は口を開いた。
「その男も、其方らとの面接に進んでいるのだな?」
「ええ。貴族の子息から始めますから、明日の昼から夕刻には本宮にやって来るでしょう」
面接が行われるのは、試験会場と同じく本宮の入口にほど近い大広間である。
「……隣に、潜める小部屋があったな?」
「今上さま」
呆れたような輝山の大臣の声に答えず、朱夏は汐之を見つめる。
「どちらにしろ、面接の様子は覗こうと思っていたのだ」
「私どもの見る目では、信用なりませんか?」
穏やかに問われ、朱夏は首を振った。
「そうではない。だが、朕が見据えているのは亜伊夜の国なのだ。危険な旅をさせることになるかもしれない。外交官の試験を受けた者は、唱洪の国までのことしか考えていないかもしれない」
「……」
「外交官としてその道が定まってしまう前に、朕の目でも、志願してくれた者たちを見てみたい。其方らの面接が終わった後では、候補者のすべてを見ることができぬであろう?」
輝山の大臣と湊刃の大臣。
二人の面接が終われば、合格した者だけが朱夏に目通りが叶うこととなる。
両大臣の人を見る目を信用していないわけでは決してなかったが、朱夏は自身の目でも、優秀な結果を残した者たちを見てみたかったのだ。
特に、貴族ではなく民の中から志願した者の顔を見たかった。
朱夏の話を聞き終え、両大臣が顔を見合わせる。諦めたような息を吐いたのは、どちらであったのか。
苦笑しながら、汐之が小さく頷いた。
「決して音を立てず、声も漏らさず。面接を受けている者たちの緊張を、それ以上深くしないようにしていただけるのなら」
「今上さまの仰せも理解はできますのでな。それまでに、溜まった決裁をお済ませください」
何故こうも息の合った答えが返ってくるのか朱夏には不思議だったが、二人の気が変わらない内にとそそくさと書類に目を通し始めたのだった。




