佰肆拾
帝に立った朱夏の名で、四季の国の軍事が編成され始めた。
これまで宮廷や都を護ってきた近衛隊、宮護隊、警邏隊に加え、新たに湊刃家を主軸とした海護隊が結成されたのだ。
統括する総隊長は、右の大臣となった湊刃の汐之。
表宮の最奥の大広間にて、帝による任命式が行われていた。
「我が右に控える湊刃の大臣に、新たな国の要となる海護隊の総隊長を任じる」
「謹んで承ります」
武官の黒の正装を身に纏い、白く日に焼けた髪をきっちりと纏めた汐之が、帝の御前に立ち拝礼する。
居並ぶ重臣たちから、形式的な拍手が送られた。皮肉げに笑って御前を下がった汐之が、朱夏の右に戻る。
「これより、我が国は海護隊を大陸へと派遣し、外国との交易を密としていく。先帝時代よりも四季の国が豊かとなるように、これまで国交のなかった国々とも、積極的に交流していく」
朱夏の宣言に、この場で異を唱える者はいなかった。朝議の席で、これまで散々議論してきたことである。
それでも、汐之を敵視する重臣たちは苦い表情を隠しもしていなかった。
「まずは、次に大陸へ向けた船が出る際に、ともに唱洪の国へと赴く外交官を選定する。朕が任じることとなるが、我こそはと思う者は志願書を提出するがよい。自薦他薦も、身分の貴賤も問わぬ」
ざわり、とその場の空気が揺れた。
それではまるで、国の命運を握る重要な地位に、民からでも成り上がれてしまうのではないか。古くから宮廷に仕える重臣ほど、その顔を険しくしていく。
「これにて、任命式を終える。皆、下がるがよい」
戸惑う空気の重臣たちを残し、朱夏は立ち上がった。左右の大臣を従えて広間を後にする。
残された重臣たちは、互いに顔を見合わせるばかりで誰も言葉を発しなかった。
執務室に戻り、長椅子に身を投げだした朱夏は、深く息を吐き出した。
脱ぎ捨てた冠が、床に放られていることに輝山の大臣が顔を顰める。
「お行儀が悪うございますよ」
「……其方らしかおらぬ」
似たようなやり取りを烏ともしたことがあったな、と朱夏は小さく笑って身を起こした。
「反発は、起こると思うか?」
「外交官への志願書でございますね。身分の貴賤を問わぬということは、貴族だけでなく民からも広く募るということになりますからな」
「旧家の出になるほど、面白くはないでしょうな」
引き取った汐之の言葉に、朱夏は頷いた。
「何か、妨害行動を起こすと思うか」
朱夏の向かいに座った汐之が、考えながら口を開く。
「志願書を握り潰す。志願した者へ圧力をかける。そうして己の息のかかった者を送り込む。といったところでしょうか」
「あとは、外交官に志願した者の弱味を握り、脅して言うことを聞かせる、などですな」
続いた輝山の大臣の言葉に汐之も首肯した。
「あり得ますね。旧い家の出身ということしか、誇ることのない者たちほど、その地位にしがみつこうとして無様を晒す」
烏が淹れた茶で喉を潤し、朱夏は二人の大臣を見つめた。
「そのうち、重臣も入れ替えを検討すべきか?」
その問いに、輝山の大臣は難しそうな表情を、汐之は面白そうな笑みを浮かべた。
「海護隊を組織したばかりです。他のことまで一斉に変えようとすると、反発は強くなるでしょう」
「お若い帝への代替わりに合わせて、宮廷を若返らせるのも有りだとは思いますよ?」
「其方、面白がっているだけであろう。今上さまの御世は始まったばかり。不穏な影など、今から作る必要はない」
嗜める輝山の大臣に、汐之は肩を竦めるだけで何も答えなかった。
「まあ、よい。これまで国を支えてきた者たちであることは確かなのだ。まずは、外交官の選定だ」
任命式の場では、唱洪の国へ赴く外交官と告げはしたが、朱夏の視線の先にあるのは亜伊夜の国である。
現在国交のないかの国に、必ず優秀な外交官を派遣してみせる。そして、奪われた煌姫を取り戻すのだ。
決意を新たにする朱夏の様子に、両大臣は何も言わなかった。




