拾弐
薄桃色の産着に包まれた赤子が、揺り籠の中で微睡んでいる。
世界から祝福されたような極彩色の空間で、周囲の大人たちも嬉しそうに眠る姫君を世話していた。
通常は離宮に住んでいる帝の弟夫妻だが、現在は生まれたばかりの姫君の安全のために本宮に部屋を与えられていた。
許可を得て室内に足を踏み入れた朱夏は、温かい空気と乳飲み子の甘い匂いにほっと息を吐いた。
「よくぞ参られた、朱夏親王」
「ご機嫌麗しゅう、叔父上。従妹どのの顔を見に参りました」
四季の国を治める帝の弟春日に拝礼し、隣の空席を見やる。春日の正室である柊は、産後の肥立ちが悪くいまだ床に就いていた。
視線を逸らし、朱夏は揺り籠に近づく。持参した花菖蒲は侍女に手渡してあった。美しく生けて姫君の枕元に飾ってくれることだろう。
「従妹どの。ご機嫌はいかがかな」
起こさないように優しく声を掛け、朱夏は微笑んだ。柔らかそうな頬に、思わず指が伸びる。
ぷに、と弾力のある肌が朱夏の指を押し返した。
「ふふっ。玉のような肌とはこのことだな」
赤子と戯れる朱夏の年相応な様子に、控える侍女たちも笑みを零す。
いつの間にか側へ歩んできていた春日が、朱夏の肩越しに我が子を覗き込んだ。
「おや。目を覚ますようだ」
その言葉に、朱夏はそっと指を離した。己の行動が、起こしてしまったのだろうか。
うっすらと開かれた瞳が、ゆらゆらと揺らめいた後で朱夏に向けられた。赤子の瞳は周囲をしっかりと認識できないと聞くが、意思を持って朱夏を見つめているように感じられる。
「抱いてみるか?」
春日の問いに首をぶんぶんと振って、朱夏は揺り籠から一歩離れた。
「落としてしまいそうです」
「ふふ。其方は慎重だから、姫を落としたりはしないと思うがな」
そう言いながら、春日が鍛えられたがっしりとした腕を赤子に伸ばした。そっと、壊れ物を扱うように優しく、我が子を抱き上げる。
「ほら、煌。其方の伴侶が会いに来てくれたぞ」
姫君の顔を朱夏の方に向けながら、春日が楽しそうに告げる。
「叔父上、赤子を抱くのがお上手ですね」
驚いて呟く朱夏に、春日は悪戯そうな表情を浮かべた。
「こうして娘と触れ合いたくて、乳母に特訓してもらった」
揺り籠の側に控えている恰幅のいい女性が、口元に手を当てて笑っていた。
「さあ、煌にも声を掛けてやってくれ」
促され、朱夏は上から従妹の瞳を覗き込んだ。薄桃色が、じっとこちらを見ている。
「従妹どの。お目覚めの気分はいかがかな」
「あぅ……あ」
意味を持たない言葉を発しながら、春日の腕の中から赤子が朱夏に向かって手を伸ばした。
「おや。私よりも其方の方がいいらしいな」
拗ねたような叔父の口調に苦笑を漏らし、朱夏は伸ばされた小さな指をそっと握った。
きゅ、と握り返されて驚く。赤子とは、このように力強く指を握るものなのか。
「其方がもう少し大きくなったら、夏の宮にも訪ねてくれると嬉しい。色々なものを、私とともに見よう」
「あ……あぅ」
「返事をしてくれたのか?ふふっ。私も其方が大好きだよ、従妹どの」
空いた手で優しく従妹の頭を撫でて、叔父に目を向けた。
「叔母上のご容態はいかがですか」
「ああ。そろそろ、床上げも近いだろうとの薬師の見立てだ」
「それはよかった」
赤子に乳をやるのは乳母でもできる。だが、母の温もりというものは、柊にしか与えられない。
「また、従妹どのの顔を見に参ります。叔母上にも、どうぞご自愛くださるよう、お伝えください」
「もう帰るのかい?煌も名残惜しそうだが」
腕に抱く娘に慈愛深い瞳を向けた春日に言われ、朱夏は再び苦笑する。
「朝の間は自由時間を貰いましたから。きちんと学びの時間も取らねば叱られます。従妹どのに恥じることのないようにしたいと思います」
生真面目に答える甥にも優しい目を向けて、春日は頷いた。
「またおいで」
「はい。お暇致します、叔父上」
そして、赤子の指をそっと離して瞳を覗き込む。
「また会おう、従妹どの」
「あぁー、う……」
胸に温かいものを抱えたまま、朱夏は叔父の前を辞した。




