拾壱
誕生の祝いに朱夏が従妹に贈ったのは、春を盛りと咲き誇っていた藤の花だった。
父帝の住まう本宮の庭に設えられた藤棚から、優雅に咲く花を一枝貰って贈り物として包ませた。
その花言葉のように優しい姫に育ってほしいという、願いを込めていた。
朝餉を終えて私室へ戻った朱夏は、夏の宮の庭に咲く花菖蒲に手ずから鋏を入れ、従妹への贈り物とした。香りの少ないこの花ならば、体調が思わしくないと伝え聞く叔母の体にも障らないだろう。
側に控える烏に鋏を手渡し、束にした花を抱えて振り返った。琉兎が、不思議そうにこちらを見ていた。
「どうした?」
「綺麗ね」
「そうだな。花菖蒲という。見たことがないか?」
宮内を入口へ向かって歩きはじめた朱夏の後ろをついて来ながら、琉兎が頷いた。
「お花は、お姐さんたちのことだから」
「なに……?」
「あそこでは、お姐さんたちが咲いてる」
足を止めそうになった朱夏に、烏の声が掛けられる。
「親王さま。お話はお戻りになってからで。遅れてしまいます」
「あ、ああ。そうだな」
「琉兎。吾は親王さまについて出かける。吾らが戻るまで、昨夜眠った部屋から出ないように」
烏に言われ、琉兎は首を傾げて朱夏を見やった。
「お出かけ?」
「従妹に会いに行ってくる」
「いとこ……」
しばらく考え込んだ琉兎が、ぱっと顔を上げた。
「わたしも行きたい」
「駄目だ」
朱夏が答える前に烏がきっぱりと告げた。驚いたように目を丸くした琉兎の視線が、烏に向けられる。
「どうして?」
「お前の容姿では目立つ。先のことがまだ何も決まっていない状態で、この宮から出すわけにはいかない」
ただでさえ、朱夏の従妹と同じ色彩を持つ娘なのだ。宮中を歩き回らせることなどできなかった。
溜息を吐いて、朱夏が琉兎に告げる。
「すまぬ。戻ったなら、これからのことをたくさん話そう」
「……」
「土産に、何か菓子でも買って帰る。だから、そう膨れた顔をしてくれるな」
菓子、という言葉に琉兎の瞳が輝いた。
「お菓子、甘いやつ?」
「ああ。だから、一人で不安かもしれないが待っていてくれ」
「わかった」
大きく頷いて、琉兎が朱夏の頬に唇を当ててきた。
柔らかい感触に、朱夏の思考が止まる。両手に花菖蒲を抱えているせいで、避けることも振り払うこともできなかった。
慌てたように烏が琉兎の体を引き剥がす。
「な、何をやっているんだっ」
叱責された琉兎は、きょとんとした顔を烏に向けた。
「だって、お姐さんたち、お勤めの後にこうしてる」
「それは、お前のいたところでの習わしだ!ここでは、必要ない」
焦る烏の声など珍しいな。そんなことをぼんやりと考えてしまった朱夏は、離れていく柔らかい熱に名残惜しいような不思議な寂しさを感じて戸惑った。
振り切るように頭を振る。
「で、では、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
にこにこと手を振る琉兎から逃げるように、熱くなった頬を誤魔化しながら朱夏は夏の宮から外へ出た。
後ろをついて来る烏の視線が背中にうるさい。
本宮までの決して短くない回廊を歩きながら、朱夏は脳裏に浮かぶ琉兎の顔を思い出して吐息を漏らした。
胸に抱える花菖蒲に目を向ける。これから従妹に会うというのに、こんな浮ついた気持ちのままではいけない。どうやら、琉兎は特殊な環境で育った娘のようだ。きっと、先ほどの行為に深い意味などないのだろう。
「いけませんよ、親王さま」
密やかな声に肩が跳ねた。足を止めずに口を開く。
「……何の話だ?」
「貴方さまは、高貴な御身。あの娘とは、生きている世界が違うのです。あまりお心を寄せられませんように」
「……」
同じ国に生きる者同士。だが、己と琉兎ではその身分に大きな隔たりがあるのは理解していた。守るべき、この国の民だ。それ以上の感情など、ないはずだった。
「貴方さまは、いずれ煌姫さまと婚儀を挙げられ、この四季の国を治めていかれる尊き御身。他所見など、している暇はございません」
「……わかっている」
進むべき道など、生まれた瞬間から決まっている。さらに、従妹の誕生で将来の伴侶まですでに決められている。己で好きに選べることなど、多くはない。
「だが、友を求めるくらい、いいだろう……?」
喘ぐように呟かれた一言は、烏の耳には届かなかった。




