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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
一の章 許婚の姫君と、裏路地の少女

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きっちり単を着込んだ琉兎を、烏が待つ入口とは別の抜け道へといざなう。

見咎められれば、琉兎は夏の宮から追い出されてしまうかもしれない。

素直に後ろをついてくる琉兎に、朱夏は先ほどまでの動揺を悟られないように平静な声を掛けた。

「この小径を抜ければ、宮の裏手に出る。烏が控えているのとは別の方角だから、見つからないだろう」

「見つかっては、しかられる?」

「禁域だと言ったろう?勝手に入ったことが知れれば、罰を受けるかもしれない」

木々の隙間から、夏の宮の建物が見えてきた。足を止め、琉兎を振り返る。

「罰……むちで打たれたりする?」

「鞭?」

琉兎の口から飛び出た言葉に目を瞠った。

「それとも、ご飯もらえずに閉じ込められる?」

それが当然のことというように琉兎が話す内容に、朱夏は混乱を覚えた。琉兎の生きてきた、日常の風景なのだろうか。この四季の国に、そんな世界が存在するのか?

「水責めは、わたしはされたことないけど。お姐さんたちが、せっかんを受けてたのは見たことある」

「お姐さん……せっかん……折檻!?」

首を傾げ、歌うように琉兎が続ける。

「わたしがいたところは、お姐さんたちが、男の人に愛されるところ」

「愛される……」

鸚鵡返しに呟くしかできない己が情けなかった。

「わたしも、もうすぐお勤めをするんだって、小父さんが言ってた」

思わず琉兎の両肩に手を乗せていた。

「其方、一体どこでどんな暮らしを……」

「親王さま?」

掛けられた訝しげな声に朱夏の肩が跳ねた。恐る恐る、背後に視線を向ける。

夏の宮に仕えている侍女が、腰に手を当てて仁王立ちしていた。その顔が琉兎に向けられ、眦が吊り上がる。

「り、莉羅」

「禁域の林で、そのような薄汚い者と、何をしておいでですか!?」

ずんずんとこちらへ近づき、林の手前で莉羅の足が止まった。

「お前もっ!さっさと親王さまから離れなさい!」

今にも琉兎を叩くのではないかという形相で、莉羅が叫んだ。琉兎の肩が強張ったのが、手を置いたままの朱夏にも伝わった。

「莉羅。そのように大声を出すな。彼女が怯えるだろう」

「何故、そんな者を庇われますか!尊き御身のお側に、置くべきではありませんっ」

「其方が忠実に私に仕えているのはわかっている。だが、この者は私が連れ帰った話相手だ。口を出すな」

「な……」

昨夜烏と打ち合わせていた話相手という言い訳を、思わず口にしてしまった朱夏だが、後悔はなかった。

琉兎が不思議そうに朱夏の瞳を覗き込んだ。

「話相手?」

「ああ。この宮には私と年の近い者がいない。だから、其方が私の相手をしてくれると嬉しいと思う」

「親王さまっ!」

金切り声が聞こえたのか、離れた場所に控えていたはずの烏が駆け寄ってきた。木の陰になって見えなかったはずの琉兎の姿を目にし、一瞬烏の動きが止まる。

「これは……何の騒ぎです?」

烏の黒い瞳が、莉羅に向けられた。わなわなと唇を震わせて、年若い侍女が烏に言い募る。

「親王さまがっ!あのような小汚い小娘を、お話相手にとっ!」

驚いたように目を見開き、烏が朱夏を見やった。その視線に頷き、朱夏は口を開く。

「烏。しばらく莉羅の相手を任せる。騒がしくて、少しも話が進まぬ」

莉羅は悪い娘ではない。ただ、己の仕える高貴な親王に、得体の知れぬ娘が近づくのが我慢ならないだけだ。

それがわかっていた烏は、宥めるように侍女に声を掛けた。

「侍女どの。親王さまには親王さまのお考えがございましょう。吾がきちんと護衛として控えておりますので、心配されることはありませんよ」

「でも……っ」

「朝のお支度の最中でしょう?早く戻らねば、侍女長どのに叱られますよ」

悔しそうに唇を噛んだ莉羅は、射殺すような瞳を琉兎に向けた後で、深々と頭を下げて去っていった。


ふう、と息を吐き出し、朱夏は琉兎に向き直る。

「驚かせたな。すまぬ」

その言葉に首を振り、琉兎が口を開いた。

「わたしのお勤め、あなたにするの?」

「は……?」

「小父さんは、たくさんお金を払った人にって、言ってたけど。あなたがその、お相手?」

「何を……」

戸惑う朱夏の後ろから、烏の咳払いが聞こえた。

「烏?」

「そのお話は、後ほどまた。まずは宮に戻りましょう」

「そう、だな」

ようやく琉兎の肩から手を離し、朱夏は林から一歩足を踏み出した。もう、禊どころではない。

「琉兎。其方もともに来い。朝餉の用意ができている頃だろう」

「ご飯?昨日たくさん食べたわ」

「ここでは、きちんと日に三度、食事が出る。親王さまの仰せに従っておけ」

琉兎の呟きの意味を掴みかねていた朱夏は、烏の言葉に驚きを隠せなかった。

「これまでは、日に三度の食事ではなかったのか?」

「親王さま、それも後でお話致しましょう。このままでは、刻限に遅れます」

朝餉を早々と済ませて、従妹姫の元へ赴く支度に掛からなければならなかった。

烏の言葉に頷き、朱夏は二人を伴って足早に歩きだした。



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