佰参拾参
朝議の席に、重臣たちが集う。
後から入ってきた輝山の大臣が帝の御座の左の席に着く。その後ろを歩いていた湊刃の当主汐之が、御座の右の席に着いたことで場がどよめいた。
左右の大臣席が埋まり、最後に朱夏がゆったりと室内へ入ってきた。重臣たちが一斉に立ち上がって頭を下げる。
御座に座り、朱夏は口を開く。
「朝議を始めよ」
その言葉に重臣たちが頭を下げ、それぞれの席に腰を下ろした。物言いたげな視線が、汐之に注がれる。
輝山の大臣が口を開いた。
「まずは、通達がございます。今上さまの命により、新たに右の大臣が任命されました。長く海の国防を担い、大陸との交易の要である大港を守ってきた湊刃家のご当主、汐之どのにございます」
紹介を受けて、汐之が席を立つ。
「輝山の大臣よりご紹介いただきました、湊刃の汐之にございます。方々に比べればいまだ若輩の身ではございますが、誠心誠意今上さまに尽くす所存にございます」
はきはきと名乗り腰を下ろした汐之に、戸惑ったような視線が投げかけられている。
「これより、汐之どののことは湊刃の大臣とお呼びいただきたい」
重臣の一人が手を挙げた。
「何故、湊刃のご当主が右の大臣になられたのです?」
「左様。四季の国には他にも、旧いお家や名家が数多ございます」
「月の半分ほどしか都におられない汐之どのでは、大臣の座は荷が重いのではございませんかな」
口々に意見を言い始める重臣たちを、輝山の大臣が両手を打ち鳴らして黙らせた。
「ご静粛に。そこで本日の議題でございます。これより我が国は、外国との交易に重きをおいた政を行っていくこととなります。そのためには、湊刃家の水軍の力が必要と、今上さまはご判断なさいました」
再び重臣から声が上がる。
「外国との交易など、現状のままで十分なのではないですか」
「うむ。手広く欲をかいては、足元を見られますぞ」
「あの櫻花楼の楼主が、近頃では頻繁に外国とやり取りをしていると聞きます。任せておいてよろしいのでは?」
椅子の肘掛けに肘を乗せ、頬杖をついたままで朱夏は朝議の様子を眺める。
海の男として生きる汐之を侮る年寄りは多い。代々宮廷に仕えている文官たちで、実際の海を知らない者ほどその傾向が強かった。汐之の日に焼けた見た目のせいもあろう。
都の貴族というよりも、粗野な無骨者と見下している者が今朱夏の目の前で、汐之の大臣就任にけちをつけているのだ。
「お静かに。皆さまのご意見も精査致します。ですが、今のまま決まった国との交易だけでは、いずれ我が国にも限界が来てしまうと、今上さまはお考えなのです」
「では今上帝さまは、いずれの国との新たな交易をお考えなのか」
「そも、新たな交易と簡単に仰せですが、そのためには国庫の予算を組み直さねばなりませぬぞ」
「我が国が外国と交流するには、海を渡らねばなりませぬ。新たな船の建造にも金がかかります」
「結局のところ、水運を掴んでいる湊刃家に益のある話では?」
議論が白熱する大机の端で、議事の内容をせっせと藁紙に書きつけている若い文官の姿が朱夏の目に留まった。日嗣宮となって初めて参加した朝議で、ああして己も筆を走らせていたと懐かしく思う。
思わず口元が綻びかけたが、次の重臣の一言で視線を戻した。
「よもや、湊刃のご当主が悪どい手を使われたのではありますまいな?」
言葉を投げかけたのは、とりわけ汐之を敵視していた男であった。近衛を多く輩出する武家の当主で、独自の水軍を持つ湊刃に敵愾心を燃やしていると噂に上っていた。
「これは心外なお言葉。悪どい手とは、どのような?」
落ち着いて言葉を返す汐之に、武家の当主は一瞬口ごもる。そして、きっ、と上座の汐之を睨みつけた。
「お若い今上帝さまを、口八丁で誑かされたのではないか?或いは、金子でも積み上げたか」
「それは、今上さまを侮辱することになるが。不敬罪に問われたいのだろうか」
「そうやって誤魔化されるか!野蛮な当主が栄えある右の大臣など、務まるはずもなかろう!」
唾を飛ばさんばかりの勢いで叫ぶ当主に、対する汐之は冷静に答え続けた。
「まあ、どのように思われても構いませぬが。私めを任命なさったのが今上さまだということは、間違いない事実ですよ。少しは口を慎まれた方がいいと思いますがね」
飄々とした汐之にさらに当主が言い募ろうとした時、御座から聞こえた溜息に重臣たちが視線を向けた。
呆れたような冷たい瞳で己を見下ろす帝に、武家の当主も口を噤む。
「さて。言いたいことはそれだけであろうか。朕がいまだ年若いと侮っておるのか?国の行く末を話し合う朝議の場で、まさかかように大人げない口論を聞かされるとは」
「あっ、その……そういうわけでは」
「もうよい。話が一向に進まぬ。湊刃の大臣が気に入らぬというのなら、その地位に取って代われるほどの目覚ましい働きを見せてもらいたいものだな」
冷たく言い放たれ、当主の顔が羞恥で真っ赤に染まった。
ぱくぱくと口を動かす武家の当主から目を逸らし、朱夏は再び一同に告げた。
「朕の決定に異を唱えたい者は、そうするがよい。だが、朕が納得するだけの理由もきちんと申せ」
押し黙った重臣たちをしばらく眺め、朱夏は輝山の大臣に視線を移した。
「さて、続きを聞こう、輝山の大臣」
「御意」
軽く目礼を返した輝山の大臣が、再び政についての議題を話し始めた。




