佰弐拾玖
四季の国に新たな帝が立つ――。
病に倒れ、政の場に立つことが難しくなった夏勢帝から、日嗣宮朱夏へとその座が渡された。
夏勢帝は夏勢院となり、籠宮から藤の離宮へと玉体が移された。毒の後遺症に苦しんでいることは、民には伏せられたままである。
両親どちらも体調を崩し、やむを得ず継いだ御位であるため、盛大な宴は催されなかった。
その朱夏が帝の地位に就いて最初に行ったのは、謀反を起こしたとされる仙螺一族への断罪であった。
貴人の裁きは、表宮の入口にほど近い処罰場で行われる。上座に帝が座り、左右に大臣が立ち、居並ぶ重臣たちの前で罪を認めさせるのだ。
だが、此度の断罪の対象は右の大臣その人である。帝と輝山の大臣が上座に位置し、その下に重臣たちが順に並ぶという異例の配置であった。
後ろ手に縄をかけられ、項垂れた様子で場に現れた仙螺の元大臣に、ざわついていた場が静まり返る。
ひそひそと囁き合い、あちこちから好奇の目を向けられた仙螺の元大臣の顔が、ますます俯いた。
「……あれが、仙螺の最後のご当主となられるのか」
「いやはや、大それたことを望まれたものじゃ」
「帝の御位に取って代わろうなどと、恐ろしい」
どこからか聞こえる嘲るような言葉に、元大臣の顔が歪んだ。ばっと視線を上げ、囁きの主を探そうとぎらついた目を彷徨わせている。
帝の御座の正面に立たされた元大臣が、両隣の武官から肩を押さえつけられ膝をつく。
「仙螺の弦葉。引っ立てられた理由はわかっておろうが、この場に集った者たちに知らしめるためにも、今一度罪状を読み上げる」
大臣でも当主でもなく、弦葉と名を呼ばれたことに元大臣は唇を噛んだ。朱夏の左に控えた輝山の大臣が、一歩進み出る。かつての政敵を、仙螺の元大臣が睨みつけた。
「世を遍く照らす今上帝さまに、申し上げます。ここに控えます仙螺の元当主弦葉は、一族に伝わる秘薬を前帝であられる夏勢院さまに盛り、その御身の動きを不自由に致しました。そしてその罪を、ご寵愛深かった第六室迦陵さまになすりつけ、そのお命を奪いました。
さらには日嗣宮であられた今上帝さまを不当に拘束し、捏造した国庫の帳簿と隠匿した宝物殿の目録を元に、輝山の当主である私までもを捕らえました」
淡々と読み上げる輝山の大臣に、ざわめいていた重臣たちが口を閉ざした。
「なお恐ろしいことに、外国と密かに盟約を交わし、今上帝さまのご正室であられる煌姫さまを拐かし連れ去りました。現在も輝山家を中心に全力で捜索に当たっておりますが、その行方は杳として知れぬままでございます」
煌姫の拐かしについては、この場で明かすか最後まで朱夏は迷った。
たが、帝の位に就いた朱夏の隣に、煌姫の姿がないことは重臣たちにも見られている。下手に隠して探りを入れられるよりも、仙螺の罪として重く裁いた方がよいと輝山の大臣と決めた。
ぱらり、と大臣が書状をめくる音だけが響く。
「今上帝さまがお住まいであった夏の宮に火を放ち、冬の宮に重大な証拠を隠し、意識のはっきりされない夏勢院さまから無理矢理に、日嗣宮の御位譲渡の書状への署名をさせようとしておりました」
「っ、違う!」
武官に押さえつけられた仙螺の弦葉が、反論しようと叫んだ。その口へ、武官の手から布が噛まされる。
「お静かに。まだ読み上げの途中でございます。
これは重大な、国家の転覆と乗っ取りでございます。実行したのは嫡男であった黄駕と、第二室であった蓮黄。この二人は、すでに牢へと入れられ裁きを待つばかりとなっております。それと、第二室付きであった侍女彩里も同様に、牢へと入れてございます。夏勢院さまと迦陵さまに盛った毒を隠し持っておりましたが、すでに取り上げて解析も始めております」
実際には、黄駕の身柄は櫻花楼で私刑を受けており、蓮黄は服毒したことにより瀕死の重体である。
この場に出てこられない理由づけを、輝山の大臣が朱夏の許可を受けて考えただけのことであった。
「たとえ実行したのが本人でなくとも、一家の当主であった以上責は免れませぬ。今上帝さまのご裁可を仰ぎたく、こちらに証拠となる帳面その他をお持ちしてございます」
輝山の大臣の言葉が終わると同時に、処罰場の入口から文官たちが証拠の入った木箱を掲げ持って入ってきた。
捏造した国庫の帳簿。隠匿した宝物殿の目録。夏勢帝に盛った毒を塗り込んだ茶器。
仙螺の屋敷から回収した、蓮黄が弦葉に宛てて書いた文もすべて揃えられていた。
御座の前に次々と並べられていくそれらの品を前に、元大臣の顔色が白くなっていく。
「これは、何とまあ……。仙螺一族の罪の証として十分であるな」
感情の乗らないその冷たい声に、重臣たちは震え上がった。常に穏やかで心優しい親王の印象であった朱夏が、まったく怒りの表情を浮かべないことに、底知れぬ恐ろしさを感じたのだ。
御座を立ち上がり、朱夏が一歩、仙螺の弦葉に近寄る。この場で帝が自ら動くことは本来ない。罪人に至高の帝が歩み寄ったことで、再び場がざわつき始めた。
だが、輝山の大臣は止めなかった。
仙螺の弦葉の前に立ち、朱夏は冷たい瞳で元大臣を見下ろした。
「……其方が何も知らなかったことはわかっている」
「っ!」
「だが、輝山の大臣が申したように、一家の当主としてそれでは済まぬ。父上によく仕えてくれていたが、これでお別れだな」
驚愕に目を見開いた弦葉に背を向け、朱夏はその場で声を張り上げた。
「これより、沙汰を言い渡す。
仙螺家は取り潰し。元大臣である弦葉には服毒を命じる。
第二室蓮黄と嫡男黄駕は斬首とし、第二室付き侍女彩里も同様とする。
幼い冬廉親王はその位を剥奪し、帝一族からの除籍とする」
暴れようと身動ぐ弦葉に構わず、朱夏は続けた。
「北領の外れにある寺院で、冬廉親王には出家を命じる。帝一族の種を撒けぬよう処置し、俗世を捨てて失われた命を弔いながら生きるならば、その命までは取らぬものとする」
御座へと戻り腰を下ろした朱夏は、重臣たちを見渡した。
「この裁可に不服がある者は申せ」
その場にいる者を睨みつける朱夏に、何の反論もせず重臣たちは深く頭を垂れた。
布を噛まされた仙螺の元大臣の、聞き苦しいくぐもった呻き声だけが響いていた。




