佰拾玖
四季の国には、国防を担うための軍が存在する。
帝の側近くに侍り、暗殺や他国の刺客といった外敵から警護する近衛隊。
宮廷の外回りを警護し、不審な人物の侵入を防ぐ宮護隊。
そして、町中での犯罪を取り締まる警邏隊。
近衛隊と宮護隊の武官は高位から中流の貴族が大半を占め、警邏隊には民から募った志願者が集まっている。
それとは別に、各家が独自に有している私兵たちもいる。
大陸行きの船が出る港までの道を、輝山家の兵団を背後に従えて朱夏は馬で駆ける。胸の内を焦がすような焦燥感が、疲労の溜まる朱夏の体を突き動かしていた。ぴたりと遅れずについて来る烏は、何も言わずに主君の背を追っている。
物々しい一行の馬駆けに、道行く人々が慌てたように脇へと避けていく。
本宮から港まで、馬を飛ばし続けて丸一日が過ぎていた。大陸渡りの船の出航は目前に迫っている。
途中で糧食を口にする小休止だけを挟んで馬を替え、朱夏は港町への道を一心に駆けた。
潮風が朱夏の頬を撫でる。
海を見るのは初めてのことであった。
そこかしこに建つ民家は、都の家々とは造りが違うようで物珍しさに朱夏は目を見開く。
そんな朱夏に、烏がそっと声を掛けた。
「親王さま。あの先に見えますのが、船の出る大港でございます」
はっとして、朱夏は町の入口からでも見える船着き場に視線を向けた。
「あの一番大きな船が、大陸行きのものだと思われます。帆が張られましたから、出航まで時がありません」
懐にしまった書状の存在を確かめ、朱夏は唇を引き結んで馬を進めた。妙葵の捕縛のため、日嗣宮の名で書状を作り輝山の大臣の署名がしてある。いまだ意識が朦朧としている父帝の印は貰えなかった。
だが、相手は臣下であり、帝一族の者ではない。大臣の署名が入ったこの書状だけでも、捕縛はできる。
潮の香りが強くなった。いや、これが潮の気配だと、烏に教えてもらうまで朱夏は知らなかったのだが。
頬を撫でる風も湿ったものとなり、生まれて初めて嗅ぐ磯の香りが朱夏の身を包む。
船着き場の入口で、朱夏は馬を下りた。荷検めや人の出入りを見張る兵の元へと近づく。
後ろに兵団を引き連れた朱夏一行の姿に、旅支度の商人の荷を検めていた兵の顔が歪んだ。
「物々しいな。高貴な御方のようだが、ここじゃあ順番抜かしはご法度だ。きちんと並びな」
検問を待つ行列の後方を顎で指され、朱夏は苦笑しながら懐から書状を取り出した。
「済まぬな。職務熱心なのを邪魔するのは忍びないが。こちらも急ぎなのだ」
「あぁん?」
「日嗣宮の名において、宮廷に仕える文官、妙葵の身柄を拘束しに参った。隠し立ては、国家に対する反逆と捉える。大陸渡りの船の捜索をさせてもらうぞ」
船着き場に響き渡る声で、朱夏が書状を読み上げた。途端に、その場が動揺にざわめく。妙葵が輝山出身であることは、この場では伏せた。耳にした者が噂を広めては、朱夏の後ろ盾としての輝山の力が削がれてしまう。
荷検めをしていた大柄な男が、日に焼けた顔を面白くなさそうに顰めた。
「何だぁ?お偉いさんがお偉いさんを、捕まえに来たってことかい?」
「そういうことだな。私は日嗣宮の朱夏。其方はこの港の責任者か?」
「いいや?この時間、親父っさんは出航に向けて仮眠してるから」
書状を畳んで懐にしまいながら、朱夏は首を傾げた。
「我らが捜索で立ち入るのに、その親父っさんの許可が必要か?」
「いや……ある程度は、俺に任されちゃいるが……日嗣宮さまって言ったかい?」
話している最中に、大男の瞳が見開かれる。この場にいるはずのない高貴な身分を明かされて、ようやく動揺に襲われたようだ。
「あ、ええっと。すまんことです。俺は見ての通り、荒くれの船乗りなんで、その。何か失礼があっちゃならねぇんで、やっぱり親父っさんを起こして……」
「其方に決定権があるのなら構わない。我らを通した後に、普段通りの仕事を続けるがよい」
「はあ。まあ、それでいいんなら。
おぉい!ちょっと道を空けてくれ!お偉いさんを通してやんな」
朱夏の鼓膜を突き破るほどの大声で、男が行列の先頭に声を掛けた。
ざわざわとした空気のまま、朱夏一行が通れるだけの隙間が空けられる。
「世話をかけて済まぬな。では、通らせてもらう」
最後まで丁寧な姿勢の朱夏を面白そうに見やって、大男が再び大声を出す。
「大陸渡りの船は、一番真ん中の大船でさぁ!乗り場に板渡しの担当が立ってますんで、そいつに言ってくだせぇ!」
「かたじけない」
短く答え速くなる鼓動を抑えながら、朱夏は駆け足で大船を目指した。




