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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

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佰拾漆


籠宮の一室で、一晩ゆっくりと眠った朱夏は聞こえてきた物音に目を覚ました。

煌姫の身が案じられ、父帝の容態も仙螺への裁きも、輝山の大臣の聞き取りも何もかもが気にかかり、到底眠れるとは思えなかった。

だが、父の寝顔を確認し、烏の淹れた薬草茶で体を温め身を横たえると、目を閉じるのと同時に意識を手放していた。

「親王さま、お目覚めですか」

扉を開けて烏が入ってくる。ゆっくりと身を起こし、朱夏は軽く頭を振った。

「ああ。随分頭がはっきりしている」

「ようございました」

微笑む烏から手水の盥を差し出され、朱夏は固く絞った手巾で顔を拭う。ついでに、汗で湿った寝着も脱ぎ体を拭いた。

新たな装束に袖を通して、朱夏はふうと息を吐いた。

「朝餉が終わりましたら、執務室へお越しくださいと、輝山の大臣より言伝でございます」

「そうか。呑気に寝ている場合ではなかったな」

「いえ、大臣の仰せだったように、お体を休めることも必要でした」

与えられた部屋を出て、すぐ近くの父帝の寝所へと向かう。朝餉の前に、父の顔を見ておきたかった。

「何か掴めたのであろうか」

「吾も詳しくはわかりかねます」

答えを期待していたわけではなかった。烏は、ずっと朱夏の側近くに控えていたのだから。

「夏の宮はどうなっているだろうか」

「昨夜、親王さまがお休みになられた後で、確かめて参りました。輝山の大臣の差配で、焼けた宮の復興が始められております」

「そうか」

何から何まで、輝山の大臣に頼りきりである。櫻花楼では、凛慈と舎利に頼りっぱなしだった。

だが、下は向かないと決めたのだ。朱夏は真っ直ぐに顔を上げて父の寝所へと向かった。


安らかな呼吸で眠る父の姿にひとまず安堵し、朝餉を終えた朱夏は大臣の待つ帝の執務室へと入った。

「待たせたな、輝山の大臣」

「おはようございます、日嗣宮さま」

「うん。おはよう」

朝の挨拶をする大臣の隣に、見知らぬ武官と下働きらしい女が立っていた。

「この二人から聞いた話を、日嗣宮さまにもお聞かせしたいと思います」

「武官と……誰だ?」

首を傾げた朱夏に、輝山の大臣が苦笑する。下働きの人間の顔を、帝の親王が一人一人覚えているわけはなかった。普段、朱夏の前には顔を出さない身分なのだ。

「これは、籠宮での洗濯を担当していた者です」

「洗濯……」

「今上帝さまのご寝所や、第六室さまのお部屋の敷布などを洗濯する者です」

朱夏に視線を向けられ、洗濯女が萎縮したように身を震わせる。

「ここに控えているということは、有益な話を聞かせてくれたということだな?」

大臣に勧められて椅子に腰を下ろしながら、朱夏は尋ねた。

「ええ。それと、こちらの武官は妙葵とつき合いがあった者です。時折、町に飲みに行く仲であったようです」

「妙葵と酒を……?想像できぬ姿だな」

朱夏の向かいに座った輝山の大臣も、深く頷いた。そして、昨日二人から聞き取った話を、改めて朱夏に聞かせる。


武官から出た亜伊夜の国という言葉と、洗濯女が聞いた妙葵の呟き。

これは、煌姫の行方を探る手がかりになるのだろうか。妙葵の屋敷で見つけたあの書状は、亜伊夜の国と何か密約を交わした際のものなのか。

考え込む朱夏の向かいで、輝山の大臣が重々しく口を開いた。

「我が国は、現在亜伊夜の国とは交流しておりません。あちらは、何と言いますか……奔放なお国柄でして」

「私も、幼い頃の勉学で、軽く名を聞いた程度だな。……奔放?」

首を傾げた朱夏に、大臣は言葉に詰まったように口を噤んだ。

「大臣?」

「その……我が国では考えられぬことですが。高貴な方々も民たちも、こう……大きく開いて肌の見える装束を身に着けており、民に至っては……裸と言っても差し支えないような姿で、町を歩くのだとか」

大臣の説明に朱夏は目を見開いた。確かに、四季の国では考えられないような風習だ。

「それに、その……閨事に関しても、明け透けと申しましょうか……秘め事という感覚がないようです」

「それは、また……」

「亜伊夜の国で好まれるような品々は、我が国ではあまり必要とされないこともあり。先々代の頃でしたか。積極的に交易することはやめにしたのでございます」

「そんな国に、妙葵が……」

春香を連れて、煌姫を手土産に、そんな国に行こうとしていたのか。

朱夏の内で、妙葵の印象とさっぱり結びつかなかった。大臣が、さらに何事か言いかけて、言い淀む。

「何だ?」

「昨夜の内に、書庫を調べ回りましたが。亜伊夜の国では、女人は幼ければ幼いほどよい、という記載がございました」

「……っ」

青灰色の瞳を驚愕に見開いた朱夏に、大臣が難しい顔を見せる。

「高貴な方々は、女人が幼い内に囲い込み、その……閨に引き込むのが、一種の伝統と言いますか。己の高位さを示す、装飾品扱いと申しますか」

最後まで聞いていられなかった。

音を立てて立ち上がった朱夏の顔は、蒼白となっていた――。



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