佰拾陸
身を寄せ合う下働きの者たちを、輝山の大臣はじっと見据えた。
貴人の寝台を整える者。本宮内の清掃を担う者。本宮で過ごす人間のための調理をする者。
普段大臣が接することのあまりない者たちである。集められた面々も、不安そうに大臣を見上げていた。
「待たせて済まぬな。其方らで終わりだ」
下働きの者たちの正面に腰を下ろし、大臣はゆっくりと一人一人の顔を見つめた。
「今は火急の時だ。身分差など気にせず、直答を許す」
小姓に手渡された紙に目を落とし、輝山の大臣が口を開く。
「まずは、輝山の妙葵とどの程度つき合いがあったかを聞きたいのだが」
左端に座る年若い男に目を向けた。びくり、と男の肩が跳ねる。
「そう怯えずともよい。其方は、知っていることを正直に話してくれればよいだけだ。他の者も、話の途中であっても、思いついたことがあればその都度言ってくれてよい」
「あのう……文官の妙葵さまについて、ですよね?」
三名ずつ、二列に並んで座らされた後ろの席から、飯炊き女の声が掛かった。隣から「ちょっと」と同輩に小突かれている。
「構わぬ。思うことがあればいつでも発言してよい」
「はあ。あたしは直接には知らないんですけどね。この子が、何度か妙葵さまと話してました」
自分を小突いてきた女に目を向けた飯炊き女の視線を追い、大臣の瞳が洗濯女に向けられた。
「妙葵と、どんな話を?」
高貴な大臣に問いかけられ、女が身を震わせた。相手は雲の上の人なのだ。直答を許されていても、恐れ多い気持ちは拭えないらしい。
小さく苦笑し、輝山の大臣は鷹揚に構えてみせた。
「こちらが頼んで話を聞いているのだ。言葉遣いなども咎めぬから、素直に話してくれぬか」
「……はぁ」
しばらく逡巡した女が、きゅっと唇を噛んだ後で顔を上げた。
「妙葵さまは、奥方さまをそれは愛しておいででした」
「ふむ」
「あたしは奥宮の方は担当してないんで、籠宮のご寝所の敷布なんかを洗うのがお役目なんですけどね」
帝の寝所がある籠宮。そこで働く洗濯女になど、これまで大臣は関心を向けたことがなかった。だが、確かにこの宮中で、自分たちが快適に過ごすために働く者たちなのだ。それも、帝の寝所などという秘された場を整えることを任されている者。
これまで知らなかった話が聞けそうである。
「何て言いますか……。この数年、籠宮の敷布を洗うのは結構重労働だったんです」
「重労働?」
「こんな言い方しかできないのをお許しくださいましね。第六室さまでしたか。あの御方をお迎えになってから、籠宮の寝所の敷布はこう……汚れが酷くなったと言いますか」
ざわり、とその場の空気が揺れる。今上帝の閨事が明るみに出るようで、その場にいる者たちが視線を彷徨わせた。
それを気にした素振りもなく、洗濯女が続ける。
「それ自体はいいんですよ。あたしの仕事です。けど、こう……妙葵さまに何度か出くわしたことがありましてね」
「……それで?」
「聞かれたことがあるんですよ。『今上帝さまがこうなら、日嗣宮さまも同じであろうか』って」
「……」
輝山の大臣は言葉を挟むことをやめた。このまま、この話の続きを聞くべきだ。
「どういう意味ですかって、聞いたんです。そしたら、『日嗣宮さまも、今上帝さまのように、これほど敷布が汚れるまでご寝所で振る舞われるのだろうか』って」
「……」
「よくわかりませんでね。父子であられるんですから、そうなんじゃないですか、って答えたんですよ」
下働きの者たちの、高貴な相手に対する噂話というものは、面白おかしく語られるものだ。それは大臣にもわかっていた。だが、そこに高位の文官である妙葵が関わっていたというのが、どうにも腑に落ちない。
「そしたら、難しい顔をなさって。『では、春香どのも……』って呟いて。その後も何か言ってましたけど、聞き取れませんでした」
「春香どのも、か……」
「奥方さまのことだと思うんですけど。すごく苦しそうなお顔をなさってたんでね。それきり黙ったまんまの妙葵さまを放って、あたしは仕事に戻りました」
口を閉じた洗濯女が、答えない大臣に不安そうな目を向ける。話してよかったのか、今になって心配になったようだ。
安心させるように、輝山の大臣は笑みを浮かべてみせた。
「貴重な話を聞かせてもらえた。かたじけない」
最高位の大臣に頭を下げられ、洗濯女の方が動揺する。
「よっ、よしてくださいな。あたしはただ、知ってることをお話ししただけですから」
「他の者も、何か気づいたことがあれば話してくれ」
少し緩んだ空気の中、それ以上有益な話は出てこなかった。




