佰拾伍
表宮の一室に、宮廷で働く者たちが集められた。
普段本宮で働く文官や武官、洗濯や清掃、料理を担う下働きに至るまで、様々な者が狭い一室に押し込められ、身を寄せ合って黙り込んでいた。
文官は何事かと囁き合い、武官は落ち着きなく立ったり座ったりしている。下働きの者たちは、滅多に姿を見ることのない貴人の側仕えが、扉脇に控えていることに不安を隠せずにいた。
静かに扉が開かれ、今上帝の左の大臣を務める輝山の当主が入ってきた。室内にいた者たちが、姿勢を正して一斉に頭を下げる。
「すべて集まったか」
控えていた小姓に声を掛け、輝山の大臣は厳しい視線を部屋の中へ向けた。
「前置きはなしだ。ここにいるのは、輝山の文官妙葵とつき合いのあった者たちだな?由々しき事態が起こったため、こうして集めた。順に話を聞いていく」
大臣の言葉に、室内の空気が不安から戸惑ったものへと変わる。顔を見合わせる者たちに、大臣がさらに続けた。
「すべての者に話を聞くまで、この部屋を出ることは禁じる。長い時がかかろうが、食事は運ばせる」
まずは、と輝山の大臣が文官たちに目を向けた。
「隣の小部屋に、一人ずつ呼ぶ。其方からだ」
名を呼ばれたのは、妙葵とそれほど年の変わらない、宮中の品検めを管轄する文官であった。
おずおずと前に出て、大臣の小姓に促されるまま続き部屋への扉をくぐる。
「他の者は、大人しく待つように」
そう言い残し、輝山の大臣は隣の小部屋へと移動した。
妙葵と多少のつき合いのあった文官たちへの聞き取りは、長い時がかかった。
仕事上の関わりしかない者、私的な時間をともにしたことがある者。
それぞれに話を聞くが、妙葵がいずれかの国と何か取引をしていたらしき痕跡は見つけられない。
「では、其方が妙葵に最後に会った時には、細君を迎えて喜んでいたということだな?」
国庫の経理を担当している文官が、大臣の問いに大きく頷いた。
「はい。その、日嗣宮さまより下賜された方ですので、それは大切に慈しんでおいでのご様子で……」
「その細君と、外国に渡るような話を聞いたことがあるか?」
輝山の大臣が尋ねても、文官は首をひねるばかりであった。
「妙葵どのは、あまり流行物や外国由来の物にご興味がおありではなかったと思います。出世欲も薄く、与えられた職務を全うしておられたように思いますが」
その答えに頷き、輝山の大臣は隣で聞き取り結果を書きつけている小姓に目配せした。
「次の者を呼んでまいれ」
「は。この者で、文官は最後となります」
「では、次は武官だな」
話を聞き終えた文官を隣へ戻し、次の者を待つ間に、輝山の大臣は小さく息を吐いた。ここでまごついているわけにはいかない。政争に巻き込まれ、妻の安否が確かめられないままでは、孫である朱夏がどうなってしまうのか。
ぎゅっと眉を寄せ、輝山の大臣は入ってきた武官に目を向けた。
あまり人づき合いをするような人物ではないと思っていた妙葵だが、関わりのあった者は多くいた。宮中ですれ違う際には、きちんと挨拶を交わし、時には町へ飲みに行くような相手もいたようだ。
今大臣の目の前に座る武官も、その一人であった。鍛え上げられた大きな体を小さな椅子に収めながら、居心地悪そうにしている。
「其方は妙葵と親しかったのか」
「特別親しかったというわけでは……。ただ、仕事を終えて町で評判の店に、時折出かけることはございました」
首を傾げながらも素直に答える武官に大臣も首肯する。
「妙葵は、あまり酒に強くなかったと思うが」
「そうですね。ほんの二口ほど飲めば、顔を真っ赤にしていました」
小さく笑った武官が、生真面目な表情で大臣を見返した。
「これからは、あまりともに酒を飲みには行けなくなるだろうと、そう言っていました」
「何故だ?」
「細君を迎えられたからでしょう。高貴な方より下賜していただいた、麗しい方に夢中のようでした」
腕を組み、輝山の大臣は考え込む。下賜された春香に夢中だったのなら、より一層朱夏のために真面目に仕えていたはずだ。
「亜伊夜の国で、珍しい宝石が見つかった話を、嬉しそうにしてたのが印象的で……」
「待て。今、何と?」
思わず言葉を遮った大臣に、武官は不思議そうな目を向ける。
「ええ、ですから。珍しい宝石を、細君への捧げ物に」
「亜伊夜の国、と申したか?」
身を乗り出した輝山の大臣の様子に、武官が戸惑ったように頷く。
「妙葵どのは、お若い頃に旅をされたことがあるそうで。亜伊夜の国では、あちらの重臣の方と文を交わす仲になられたとか」
これまで、大臣が聞いたこともない話だった。あのひょろりとしてなよやかな男が、若い頃に外国を旅していた?己の中の印象と結びつかず、輝山の大臣が唸る。
「……知らなんだ」
零された呟きに、武官が大きく頷いた。
「あまり、語りたがりませんでしたから。私も一度だけ、常よりも酒が進んだ妙葵どのから聞いたことがあるだけです」
「だが、手がかりだ」
「えっ?」
輝山の大臣は立ち上がり、貴重な話を齎した武官の側へ歩み寄る。
「其方から、もう少し詳しく話を聞きたい。本日の職務は免除するゆえ、後ほど執務室へ来るように」
「はぁ……」
「後は、下働きの者たちだな。数はいかほどであったか」
小姓がすかさず答える。
「六名待たせております」
「皆一斉にこちらへ呼べ。時が惜しい」
「御意」
出ていく小姓の背を見送りながら、朱夏によい報告ができそうな気配に、輝山の大臣の胸は震えていた。




