佰拾肆
輝山から連れて来た兵たちに、妙葵の屋敷を制圧させた。
とは言え、それほど数の多くない使用人たちを、一室に集めて見張りをつけただけのことだ。護衛の武官がいるわけでもなく、制圧にそれほどの時間はかからなかった。
屋敷と外との出入りを使用人たちに禁じ、朱夏は宮廷まで馬で必死に駆けた。妙葵の屋敷で見つけた、外国との盟約らしき書状は懐に厳重にしまい込んで。
己だけで判断はとてもできなかった。頭の中が真っ白で、その場で卒倒しなかったのは烏と凛慈がいたお陰だと朱夏は思う。
何故。どうして煌を――。
側にいるはずの春香はどうしているのか。
妙葵の企みに、あの春香が手を貸しているのだろうか。
そんなことばかりが朱夏の脳裏に浮かび、少しも考えが纏まりそうになかった。
今すぐ飛び出して、国中を探し回りたい。だが、闇雲に動いたとしても無駄に時が流れるだけだ。
経験豊富な祖父の知恵を借りたかった。
書状に書かれていた「貴国」がどこを指すのかも、まだわからない。
妙葵の狙いが、この四季の国を出て外国で出世することだったのだとしたら。
その手土産に、煌姫を差し出すということならば。
到底許せるはずもなかった。
一気に大通りを駆け抜け、馬を下りた朱夏は表宮の執務室に駆け込んだ。
薬師からの報告を受けていたらしい輝山の大臣が、目を丸くして朱夏を迎え入れた。
「日嗣宮さま?どうなさいまし……」
「妙葵はっ!妙葵が懇意にしていた国はわかるかっ!」
朱夏の勢いに気圧され、薬師が一歩下がった。歩み寄った烏が、何事か囁いて薬師を執務室から下がらせた。
本宮の門で別れた凛慈は、櫻花楼でもう一度黄駕の話を聞くと言って去っていった。
「日嗣宮さま。まずは落ち着かれませ。妙葵の屋敷はいかがだったのですか」
「これをっ」
懐から取り出した書状を、有無を言わさず輝山の大臣に押しつけた。息を切らし、流れる汗を拭いもしない朱夏の様子に、ただ事ではないことを察した大臣は書状を開く。
文面に目を走らせた輝山の大臣の顔が、みるみる青くなっていく。
「これは……」
「妙葵は、どこかの国と交易していたか!?」
書状を元通りに畳み、封を戻しながら大臣は首を横に振った。
「個人でどこかとやり取りしていたとなると、我らにはわかりかねます」
「ではっ、煌は……!」
「落ち着かれませ!」
普段声を荒げることのない輝山の大臣の大声に、ようやく朱夏も我に返る。
頬を伝う汗を手の甲で乱暴に拭い、じっと祖父を見つめた。
「済まぬ。だが、一刻の猶予もない。屋敷に妙葵はいなかった」
「どこと交易していたかはわかりませぬが、妙葵の交友関係を当たれば或いは……」
「そのような悠長なことはしていられぬ」
ぴしゃりと跳ね除けた朱夏に、輝山の大臣は眉を寄せた。
「では、しらみつぶしに探し回るのですか?外国への船が出る港を、すべて回るのですか?一つを調べている隙に、別の港から船が出たならどうなさいます」
「……っ」
「少しでも可能性の高い場所を、掴まねばなりません。闇雲に動いて、取り返しのつかないことになっては困ります」
祖父の諭すような口調に、朱夏は唇を噛む。
「私が妙葵の朋輩を集めて聞き出します。その間、少しでも体を休めてください」
「休んでなど……」
「食べて、飲んで、寝る。そうして体力を回復しておきなさいませ。いざという時に動けませぬよ」
「……」
この数日、確かに碌に眠っていなかった。最後にしっかり休息を取れたのは、櫻花楼で黄駕の尋問をする前だったろうか。
「酷い顔色をしておいでです。そんなお顔では、煌姫さまにお会いした時に、心配をかけますぞ」
朱夏の肩から力が抜ける。
だらり、と下げた腕に輝山の大臣がそっと手を添えた。
「燃えた夏の宮に戻れなどとは申しません。そちらは、復興の手配をしております。籠宮で、今上帝さまのお部屋のお側で、少しでも休まれてください」
「……」
「何かわかれば、必ずすぐにお知らせ致します」
唇を噛んだまま、朱夏は縋るように祖父を見た。背の伸びた朱夏が見下ろす形になるが、頼もしく大きな祖父であった。
安心させるように大きく頷いた輝山の大臣に、朱夏は溜息を零して執務室を後にした。
一人残された輝山の大臣が、険しい表情で側に侍る小姓を呼びつける。
「妙葵の同輩を、すべて連れて参れ。文官であろうと武官であろうと、宮の下働きに至るまで、あれとつき合いがあったと思われる者はすべて、だ」
底冷えするような声で命じる大臣に、小姓は静かに頭を下げて出ていった。




