表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

114/124

佰拾弐


輝山出身の文官、妙葵の屋敷は都の外れにほど近い場所に建っていた。

民家に囲まれた静かな区域で、それほど大きくない構えの屋敷は静まり返っていた。

馬を飛ばしてここまで駆け続けた朱夏一行は、建物の陰に身を寄せて気配を消す。屋敷の様子を観察していた烏が、後ろに庇う朱夏に視線を向けた。

「人の気配が感じられませんが……ただ、無人とも言い切れません」

「こうしていても仕方がない。屋敷への立ち入りの書状はあるのだ。踏み込む」

煌姫の安否を確かめたい。今の朱夏の頭には、それしかなかった。

朱夏の後ろに控えていた凛慈が、そっと進み出た。

「凛慈?」

「まずは、我が楼の者を行かせましょうか?商人が貴族の屋敷を訪ねるのは、不自然ではないと思われますが」

日嗣宮の名で立ち入れば、周囲の家々への影響も大きくなるだろう。その果てに煌姫を無事保護できればよいが、ここが外れだった場合には不当な捜査と指摘を受ける。

「そう……だな。まずは警戒なく扉を開かせたい。凛慈、頼めるか?」

潔く頭を上げる朱夏に、凛慈は微笑んで頷いた。

「では。私が自ら参りましょう」

「楼主が己で?」

驚きに目を見開く朱夏に、凛慈は悪戯っぽく笑ってみせた。

「貴方さまに賭けると、申し上げましたでしょう?後ろで高みの見物など、実は性に合いません」

くすくす笑いながら、凛慈は護衛らしき男を二人連れて足を踏み出した。


ぴったりと閉じられた扉を、大柄な男が控えめに叩いた。凛慈はじっと中からの反応を待つ。

しばらく経ってから、再び扉を叩くと微かに応えが返ってきた。

「……どちらさまでございましょう」

屋敷に仕える使用人かと当たりをつけて、凛慈はよく通る声で名乗った。

「都にて櫻花楼を構えます、凛慈と申します。近頃人気の商品を、宮中でお働きの貴族の皆様にご紹介しております。よろしければ、こちらのお宅でもいかがですか」

「……」

「お約束はしておりませんから、主さまがご不快に思われるようでしたなら、すぐに立ち去ります。ですが、本当によいお品なのです。せめて一目、お目にかかってお話させていただくことはできませんか」

きい、と小さな音を立てて扉が細く開かれた。暗がりから、目元だけが覗いている。

「……証を」

か細い声に頷き、凛慈は懐から己の身分を示す手形を取り出した。都で店を経営する許可を、国が認めたものである。勿論、遊郭のことではない。

「さ、お検めください」

相手を安心させるような、人好きのする笑みを浮かべて凛慈は手形を差し出した。

じっ、と手形を見ていた使用人が、ゆっくりと扉を開いた。そのことに、凛慈は驚く。まずは、屋敷の主人に許可を取りに奥へ引っ込むものと思っていたのだ。

「主は、お方さまとともにお留守なのです。ですから、本日はそのお品を買いつけることはできません」

姿を現したのは、枯れ枝のように細い体をした老婆だった。

「何か、目録のようなものがあれば、お預かり致しますよ」

「これは、間の悪い時にお訪ねしまして、申し訳ないですね。どちらへお出ましで?」

ゆったりとした動きで、商品の目録を取り出しているような振りをしながら、凛慈が尋ねる。視界の端で、朱夏がひっそりと近づいてきているのを、老婆に見えないように体をずらして隠す。

「わたしどもにはよくわかりませんが。何やら、外国との交易が上手くいったらしく、上機嫌でお出かけになりましたよ」

「それはお羨ましい。私も商人の端くれ。外国との商いほど、気を遣うものはありませんからね」

にこにこと笑顔のまま頷く凛慈の後ろから、朱夏がそっと声を掛けた。

「済まぬ。聞くとはなしに聞こえてしまったのだが。この屋敷の主人は、不在ということだろうか」

朱夏の登場に、老婆が白濁した目をいっぱいに見開いた。見るからに高貴な若君。途端に狼狽しだした老婆に、朱夏は宥めるような声を掛ける。

「驚かせて済まぬな。其方は、この屋敷に勤めて長いのか?」

「あ……えぇっと。そうですねぇ。若さまがお生まれの時からおりますよ」

「そうか。私はその若さまに用があって来たのだが……いつ頃戻るかわかるであろうか」

朱夏の問いに、老婆が首を傾げる。

「さあ、そこまでは。お方さまがご一緒ですから、それほど遅くはないと思うのですが」

「では、内で待たせてもらってもいいだろうか」

「えっ。それは、困りますねぇ」

眉を下げた老婆に、朱夏は溜息を吐いて懐から書状を取り出した。

「其方、字は読めるか?これは、この屋敷への立ち入りを通達する書状なのだが」

老婆の目の前に書状を広げてみせた朱夏だったが、困ったような老婆の様子に首を傾げる。

「先ほど、櫻花楼の楼主の手形はよく見ていたようだったが」

「あれは、御璽ぎょじ、というんでしたか?それが押してありましたから」

老婆の言葉に朱夏は頷く。帝から民への触れ書きを立てる際に、帝の印章を押すことはよくあることだった。この老婆は、その形を覚えていただけなのだろう。

「では、読み上げる。

 日嗣宮の名において、輝山の妙葵の屋敷への立ち入り捜査を行う。掛けられている嫌疑は、日嗣宮の正室の拐かしと、輝山の大臣の署名偽造だ。

 だが、どれも疑わしいという段階であり、こちらの動きに素直に従っていれば屋敷の者に危害は加えぬ」

老婆の目が丸くなった。徐々に、その顔色が青白くなっていく。目の前に立つのが、帝の世継ぎであると理解したのだろう。

慌ててその場で額づく老婆を、追いついた烏が立たせる。

「我らの邪魔をしないのならば、其方が何か罪に問われることはない。素直に、屋敷内に入れるように」

震えだした老婆が、うろうろと視線を彷徨わせた後で、諦めたように肩を落とした。彼女の身分で、帝一族に抗うことなど、そもそもできはしない。

唇を引き結び、朱夏は妙葵の屋敷に足を踏み入れた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ