佰拾
仙螺の大臣の青白い顔を、朱夏は真正面から睨みつけた。
貴人牢の一室で、烏に手枷を嵌められた大臣が、震えながら朱夏と目を合わせないようにしている。
「さて、仙螺の大臣。これは尋問ではない。だが、正直に答えてもらいたい」
「……な、何を……そもそも、このように枷を嵌めるなど、いかに日嗣宮さまといえど無礼なのでは」
「それは、其方が私に危害を加えないようにと、私の腹心が心を砕いたまでのこと。其方が何もしなければ、すぐに枷は解かれるだろう」
「き、危害など……」
大臣の言葉を無視し、朱夏は質問を始めた。
「まずは、いつから国に対する謀反を企てていたか、聞かせてもらおう」
「何を、む、謀反など、そのようなことは……」
「五年前。今上帝の正室美紘に毒を盛ったのは、仙螺の差し金ではなかったか」
「っ!」
息を呑む大臣に、朱夏はさらに続ける。
「四年前。仙螺の西領で一揆が起きたというのは、偽りの知らせであったか。鎮圧の兵を送るとの名目で、宮中を手薄にしたように見せかけたか」
「……っ」
「そして此度。今上帝に毒を盛り、寵愛深い第六室迦陵に罪を着せて服毒死させた」
驚愕に瞳を見開く大臣の様子を観察しながら、朱夏の言葉は止まらない。
「日嗣宮たる私の住まう夏の宮に火を放ち、正室煌を冬の宮へと連れ去った」
「な……」
「どれをとっても、国家を揺るがす重大な罪だ。それを、よくもまあ、これほど重ねたものだ」
呆れたように鼻を鳴らす朱夏に、仙螺の大臣が恐ろしいものを見るような目を向けた。
「何を、仰せで……」
「ああ、それと。国庫の帳簿を偽造し、宝物殿の目録をすり替えて輝山の大臣を不当に捕らえたのであったな。正直、其方を見くびっていた。これほどの罪を犯す気概が、其方にあったとはな」
「そのようなこと……っ」
がたん、と音を立てて立ち上がった仙螺の大臣を、後ろに回った烏が押さえて再び座らせた。
「無礼者っ。触るでない!」
「……」
大臣に答えず、軽く頭を下げて烏が後ろに下がった。
「今、父上は思うように動けぬお体だ。其方らの罪を問うための裁きの場は、日嗣宮の名の下に私が設ける。輝山の大臣の署名があれば、其方を裁くことはできるからな」
「ひっ、日嗣宮さまは……何か思い違いをしておられるようで」
「思い違い?」
朱夏の眉が上がる。この期に及んで、この気弱な老人がどのような言い訳を口にするのか、純粋に興味が湧いた。
「思い違いとは?」
「わ、私どもは、そのような大それたことなど、企んでおりません!これは……そう!仙螺を陥れようとする、輝山の大臣の謀に違いありません!」
わざとらしく溜息を吐き、朱夏は口を開いた。
「もう少しましな言い訳が聞きたかったが。まあ、其方に期待した私が悪かった」
「日嗣宮さま?」
「其方の言い分は、裁きの場でもう一度尋ねよう。今日ここへ来た理由は、別のことを聞くためだ」
朱夏の言葉に、仙螺の大臣は首を傾げた。これまであまり会話をしたこともない己の元へ、わざわざやって来たのは仙螺の罪状について聞くためではなかったのか。
「妙葵は、今どこにいる?」
「え……?」
ぽかん、と口を開けた仙螺の大臣に構わず、朱夏はさらに尋ねた。
「仙螺の重臣になったのだろう?」
「何の、ことを……」
「……まさか、本当に知らぬのか?」
首を傾げ続ける仙螺の大臣の態度に、朱夏の胸の内に言いようのない不安が生まれる。仙螺の当主が、家に仕える重臣を知らないなどと、そんなことがあるのだろうか。
「宝物殿の管理をしていた文官なのだが」
「……宝物殿の。それは、輝山の者だったのでは……」
朱夏は溜息を吐いて立ち上がった。びくり、と仙螺の大臣の体が揺れる。
「烏。もう枷を外してよい。ここで得られる情報は何もなさそうだ。輝山の大臣から屋敷の捜索のための書状を受け取って、都の外れへ行く」
「はっ」
仙螺の大臣に背を向けた朱夏は、思い直したように振り返った。
「其方がここを出る時は、罪を裁かれる時だ。一家の当主が、何も知らなかったでは済まされない。呼び出しがかかるまで、ここで己が罪を省みているとよい」
「つっ、罪など、私は何も……!」
悲鳴のような声を無視して、朱夏は貴人牢から足を踏み出した。
妙葵の屋敷に煌姫がいるかわからないまま、踏み込むのは危険だと朱夏にもわかっていた。だが、瀕死の蓮黄からも彩里からも、仙螺の大臣からも情報を聞き出せないのならば、もう待っていられない。
彩里が放った「仙螺の重臣になった妙葵に、言われた場所へ連れて行った」という言葉だけでは弱いが、まったく証言のない状態で踏み込むわけではない。
権力を私欲に使ったと言われないため、感情のままに動けない己の立場が朱夏にはもどかしかった。




