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四季帝(しきのみかど)、愛のゆくえ  作者: 紫月 京
四の章 失われたもの、奪われたもの

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佰弐


案内された部屋は、しんと静まり返っていた。

奥に置かれた大きな寝台にも、部屋の中央の長椅子にも、煌姫の姿はない。

眉を顰めた朱夏が、同じく眉を寄せた冬廉を見下ろした。

「冬廉。煌はいないようだが、どういうことだ?」

兄の問いに、小さな手を頬に当てて冬廉は考え込んでいる。

焦れるが、ここで怒鳴りつけても意味がない。朱夏はじっと、冬廉の答えを待った。

何かを思いついたように顔を上げた冬廉が、ついて来ていた侍女に視線を向けた。

「今日は、さいりはどうした?」

「あ、あの……っ」

答えかけた侍女が、窺うように朱夏を見る。小さく頷いてやると、ほっとしたように口を開いた。

「お輿入れのお支度も目処がつき、本日は第二室さまのご機嫌伺いに、と」

「煌を、つれて行ったのか?」

冬廉の問いかけに朱夏の眉が吊り上がった。思わず侍女を睨みつける。

肩を竦ませた侍女が、青い顔のままで頷いた。

「そ、その……表宮に押し込められておいでの第二室さまの、お慰めに、と」

冬廉をその場に残して部屋を出ようとした朱夏の足が止まった。廊下から、騒がしい声が聞こえてきたからだ。

眉を寄せたまま、朱夏に目で合図された烏が扉から外を窺う。

「……仙螺の大臣がおいでのようです」

「案外早かったな」

冷静さを取り戻した朱夏は、冬廉を促して部屋から出た。朱夏の姿に気づき、お供を引き連れた仙螺の大臣が汗を拭きながら足早に歩いてくる。

「日嗣宮さまっ。これはどういうことですかな」

「……書状を送ったはずだが」

息を切らした大臣が、冬廉の姿を認めて安堵の表情を浮かべた。

「あのような、仙螺に疑いなど、何の証があって……」

「日嗣宮さま!見つけました!」

仙螺の大臣の抗議に被せるように、輝山の兵の大声が廊下に響いた。冬廉の寝所を捜索していた者の報告だ。

ちらりと大臣に目をやった朱夏は、そのまま歩きだす。慌てたように、仙螺の大臣がついて来た。

「日嗣宮さま、一体……」

「其方、本当に何も知らぬのか?」

「は……?」

気弱な大臣が、少し気の毒に思えるほどだった。だが、一家の当主が、一族の企み事を知らぬ存ぜぬは通じない。政に大きく関わる、重臣の家なのだから。

冬廉の私室に戻り、奥の寝所へと朱夏は足を踏み入れた。寝台の脇に、兵たちが数人集まっていた。

「どこだ」

短く問いかけると、一人の兵が寝台脇の調度を示した。

「こちらの抽斗に、二重帳簿と思われる冊子がございました」

「反対側のこちらには、宝物殿の目録と思しきものが」

「そ……っ、そんな馬鹿な!」

朱夏が答える前に、扉から裏返った声が飛んできた。振り返ると、仙螺の大臣が今にも倒れそうな顔色をしていた。

さらに別の兵が、冬廉の装束をしまってある棚の戸を開いて叫んだ。

「日嗣宮さま!こちらを!」

呼ばれた朱夏が棚の内を確認すると、赤い布で包まれた何かを兵が指差していた。しゃがみ込み、慎重に包みを開く。

「これは……」

出てきたのは、夏勢帝の執務室に置かれていた茶器であった。朱夏も、幾度か目にしたことがある。

「親王さま、お手を触れませんよう」

烏の声にはっとして、朱夏は布から手を離した。帝に毒を飲ませた茶器だとすれば、まだ仕込まれたままかもしれない。

発見した兵に茶器の調査を指示し、仙螺の大臣を振り返った。

「大臣。これは、何だ?何故、父上の元にあるはずの茶器が、冬廉の寝所にある?」

「そんな……何故、そんな……わた、私は何も」

「……やはり知らなかったのか」

朱夏の呟きには気づかず、仙螺の大臣がふらふらとした足取りでこちらへ近寄ろうとする。

「押さえろ」

その言葉に、輝山の兵が素早く大臣の背後に回り、腕を掴んだ。

「なっ、何を。無礼な!」

「仙螺の大臣。これは、国家に対する反逆の証だ。冬の宮で見つかったのだから、仙螺の当主である其方を取り押さえる必要がある」

「おっ、仰せの意味がっ、わかりませんな!」

兵の拘束を抜け出そうと暴れる仙螺の大臣に、朱夏は冷え切った瞳を向けた。

「其方が知ろうが知るまいが、一族の長として責は負わねばならぬ。輝山の大臣と入れ替わりに、貴人牢へ入ってもらおう」

「……ひっ」

「あとは第二室どのだな。冬廉親王の寝所にこのような重大なものが隠されていたのだ。実母である第二室どのが、無関係とは申すまい?」

わなわなと唇を震わせ始めた仙螺の大臣が、何かに気づいたように目を見開いた。

「ひっ、日嗣宮さま!我が嫡男はっ、黄駕はどこにいますか!?」

父親の情か当主としての悪足掻きか、今になって黄駕の居場所を尋ねるとは。

眉を寄せた朱夏が、困ったような声を出してみせた。

「其方の嫡男は、あちこちで恨みを買っていたようだからな。今頃はどこかで、制裁でも受けているやもしれぬな」

「制裁……?」

「あのように傲慢に育てたのは、其方の咎だ。それも含めて、其方には罪を償ってもらう」

連れて行くように兵に命じ、朱夏は目を丸くしたまま固まっている弟に視線を向けた。

「其方の祖父上は、罪を犯したようだ。それに、其方の母上も」

朱夏の言葉に、冬廉の榛色の瞳に涙が溜まる。

「はっ、母上、は……どうなりますか」

「我らの父上のご回復を待って、裁きの場を設けていただかなくてはならない。それまでは、其方の母上にも貴人牢に入っていただかねばな」

「きじんろう……」

弟から視線を逸らした朱夏は、控えていた輝山の兵に命じる。

「冬の宮は、これより輝山の管轄下に入る。仕える者を拘束し、一室に押し込めよ。それと、冬廉親王には私室から出られないように、見張りを」

「はっ」

「私は、表宮に行く。煌の無事を確かめねばならないからな。烏、行くぞ」

輝山の兵に後を任せ、朱夏は険しい表情を浮かべて冬の宮を飛び出した。



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