佰
仙螺の大臣は、先日から戻らない嫡男の身を案じて落ち着かない日々を過ごしていた。
贔屓にしている遊女からの文で、喜び勇んで飛び出していったが、その後何の連絡もない。
表宮に軟禁されている蓮黄からは、日嗣宮と第六室が通じていた触れをさっさと出せと矢の催促だ。
輝山家は国庫と宝物殿から横領し、日嗣宮と第六室迦陵の共謀により今上帝に毒を盛ったと、大々的に国中に知らせろと息巻いている。そうすれば、日嗣宮の位を朱夏親王から冬廉親王にすげ替え、煌姫を正室として冬の宮に迎えられると盲信しているのだ。
今朝も届いた娘からの文に視線を落とし、仙螺の大臣は溜息を吐いた。
筆を手にし、蓮黄への返信を書こうとした大臣の元へ、屋敷の表を守る武官が家老を連れて駆け込んできた。
「もっ、申し上げますっ」
「……何事だ、騒々しい」
不快そうに口を歪めた大臣へ、家老が震える手で書状を差し出した。
「何だそれは」
「そ、その……日嗣宮さまからの、冬の宮への立ち入りの通達ですっ」
「何だと!?」
音を立てて立ち上がり、仙螺の大臣は顔色を青くして家老から書状を引ったくった。
封を開けるのももどかしく、乱暴に開いた書面に血走った目を走らせる。
「……仙螺に、謀反の疑いあり、だと?」
書状を持つ手が震え始めた。どこにいるかも掴めていない日嗣宮が、何故、こうして仙螺に書状など届けられたのか。夏の宮は、黄駕の配下が制圧したのではなかったのか。
現状への理解が及ばない大臣に、家老がさらに続ける。
「抵抗すれば、嫡男がどうなるか保証できぬ、と使いの者が申しておりました」
「っ!?」
見開いた目で、大臣は家老を呆然と見つめた。
「黄駕が、どうしたと?」
「その、詳細はわかりかねます。書状を渡し、それだけ言い置いて使いの者は去りました」
「何故捕らえなかった、愚か者っ!」
悲鳴のような仙螺の大臣の言葉に、家老と目を見合わせた武官が困惑したような表情を浮かべる。
「日嗣宮さまの御名を冠されては、そのような不敬は働けません」
「……っ」
ぎり、と奥歯を噛み、大臣はさらに書面に目を走らせた。書状の最後に、輝山の大臣の署名が入っていることに気づき、全身が震えだす。
貴人牢に入れているはずの輝山の大臣と、いつの間に連絡を取ったのか。夏の宮の隠密は、それほど優秀なのか。
「だが、何故冬の宮に?この仙螺の屋敷でなく?」
首を傾げた大臣に、家老が遠慮がちに声を掛けた。
「その、煌姫さまの奪還が目的なのではございませんか?」
「妻を奪われたままでは、男として情けないということか?だが、それを謀反の疑いとは、こじつけではないか?」
「そう、ですが……その、主さま。冬の宮には、他に何か隠しておいでなのですか?」
家老の言葉に、仙螺の大臣はますます首をひねる。
「いや。親王さまがお健やかにお過ごしになられるよう、第二室さまが直々に選んだ精鋭が守っているはずではあるが。日嗣宮さまが乗り込んでくるほどのことなど、何も……」
書面を畳み、仙螺の大臣は日嗣宮からの書状を懐にしまった。
「ひとまず、冬の宮へ行く。支度を急げ」
「御意」
「それと、仙螺の隠密たちに、黄駕の居場所を探させよ。よもやあちらの質になっているなどとは思いたくもないが、屋敷に戻ってきていないのは事実だからな」
深く首肯した武官が慌ただしく出ていった。
着替えるために足を踏み出した仙螺の大臣だったが、己の知らないところで様々に動き出した事態に対応できるほどの器の大きさは、持ち合わせていなかった。
一方、表宮の一室では――。
生家から届いた父の返信に、第二室蓮黄が眉を吊り上げて手を震わせていた。
「何なの、これは……」
座っていた椅子から立ち上がり、文を手にしたままうろうろと室内を歩き回る。
壁際に控える侍女はまだ若く、癇癪を起こす主人の気に障らないよう、必死に気配を消していた。
「冬の宮へ、立ち入りですって?あそこには、あれが隠してあるのに……」
呟き、はっとしたように瞳を見開いて、蓮黄は侍女に叫んだ。
「彩里はっ!彩里はどうしたの!?」
問われた侍女は肩を跳ねさせ、目を伏せたままで答える。
「先日、第二室さまのご裁量によって縁づかれた家へ、輿入れのお支度をなさっておいでですが」
侍女に向かって、蓮黄は父からの書状を投げつけた。侍女の胸元に当たった紙が、音もなく床へ落ちる。拾っていいのかもわからず、侍女はじっと息を詰めて蓮黄の言葉の続きを待った。
緋扇を握りしめ、蓮黄は唇を噛む。
「お父上さまは、何もご存知ないから。冬の宮への立ち入りをお認めになったのね。何てこと……」
ぐるぐるとその場で歩き回り、蓮黄ははっと顔を上げた。
「兄上さまは!?どちらにいらっしゃるのっ」
悲鳴のようなその叫びに、答えを持ち合わせた者はこの場にはいなかった。




