捌
人の寝静まった裏通りを、大柄な男たちの影が行き来していた。
路地を覗き込み、古井戸の蓋を開けては中を確かめ、まるで誰かを探しているような動きをしている。
烏は気配を殺したまま、建物の陰に隠れ男たちの様子を窺った。
「そっちはどうだ?」
「いや、いない。なあ、本当に見つかるのか?」
「知らん。だが、上得意客のお大尽のご機嫌を楼主は損ねたくないんだろ」
男たちの会話を烏はしっかり脳に刻んだ。楼主、ということは先ほど忍び込んだ建物は遊郭なのだろう。嗄れた声の主が水揚げと言っていたから、その可能性を考えてはいたが。
この町で商売をするには国の許可が必要だった。だが、あの裏路地の建物にそのような登録はなかったはずだ。表立ってはできない商いをしているということか。
「そのお大尽が高い金を払うほど、いい女なのかぁ?」
「いや、まだ七つか八つだろう。俺もしっかり見たことはないが、薄汚れた襤褸を纏ってたぞ」
「大金持ちってのは、酔狂なんだなぁ」
「ほら、無駄口叩いてないで捜索を続けろ」
男たちが四方へ散っていく。
烏の潜んでいる方へも一人、やる気がなさそうに歩いてくる。
懐から小刀を取り出し鞘から抜く。呑気に鼻歌でも歌いそうな調子の男が横を通り過ぎた瞬間に、その背後から音もなく忍び寄った。
後ろから羽交い締めにして、首筋にぴたりと刃を当てる。「ひっ」と情けない悲鳴を漏らした男に構わず、烏は低い声で告げた。
「殺しはしない。少し、話を聞きたい」
「なっ、何を……」
「大声は出すなよ。お仲間を呼ばれては面倒だ」
言いながら、烏は己よりも頭一つ分背の高い男をその膂力で引きずり、物陰に連れ込んだ。
建物の壁に男の体を腹から押しつけ、両手首を腰の辺りで縛る。小刀の刃は首筋に当てたまま、烏は静かに問いかけた。
「お前ら、誰を探している?」
「何言って……」
「隠し事はためにならんぞ」
軽く小刀を引くと、男は再び小さく悲鳴を漏らした。
「命は取らん。ただ、質問にだけ答えろ」
「な、何が知りたい」
「誰か探しているのか?誰の命令だ?」
こちらに顔を向けようとする男の動きを封じ、烏は冷静に問い続けた。
「誰って……」
「誰か探していたろう?楼主の命令か?」
烏の言葉に男が肩を跳ねさせた。
「知ってるなら、なんで……」
「詳しくは知らん。いいから答えろ」
「楼主が目をかけてた子どもだよ。ご執心のお大尽がいるらしい」
「……」
黙って続きを待つ烏に、男が早口に続ける。
「俺はそう何度も見たことがあるわけじゃない。けど、いずれそのお大尽に売りつける算段を楼主は立ててたみたいだ。色々仕込んでたってよ」
「仕込み?」
「高貴な方々の前に出しても恥ずかしくない、所作っつーのか?そういう作法とか、相手のご機嫌を損ねないような礼の仕方とかだろ」
奴隷の拝礼をするくせに、食事の所作は綺麗だった琉兎を思い出す。
「俺だって、飯炊き女から噂を聞いたくらいで、詳しくは知らねえよ」
「その、お大尽はどこの誰かわかるか?」
「知るわけねぇだろ!」
鼻を鳴らす男に溜息を吐き、烏は男の首の後ろに手刀を落とした。
その場で崩れ落ちる男をそのままに、踵を返して夏の宮への道を急ぐ。
遊郭については、後日詳しく調べ直すことになりそうだった。
琉兎の出自についてはわからずじまいだが、このまま宮からこの場所へ帰すのも躊躇われた。
だが、もしあの楼主とやらに借金でもあるのなら。琉兎自身ではなくその親が、借金の形に売ったのなら――。
足抜けにはきつい懲罰があると聞く。朱夏にその片棒を担がせるわけにはいかなかった。
大通りを駆けながら、烏の脳内では様々な考えが浮かんでいた。
大事な主君の御身に、危険な火の粉を降りかからせたくはない。だが、あの琉兎という少女も保護させてやりたい。
しかし、一時の施しならば、いっそ何も手を出さない方がいいこともある。
烏の心は散々に乱れた。




