本を読み感想文で逮捕され
[前回の話]
自分の作品なんだから好きに書いたっていいじゃない
[今回の話]
読書感想文も好きに書きたい
『本を読み 感想文で逮捕され』
いきなりわけの解らないタイトルですけど、これって強ちないとはいえないんですよね。
例えば、何かの作品を読んだとして、その感想文をSNSで挙げたらどうなるか。
作品の感想である以上その作品の良いところや悪いところを抜き出してそれがなぜそうなのか説明する必要があるわけで、ときとして具体的にそれを引用することも必然。
そう、ここで問題となるのがこの引用。著作権の問題が出てくるのです。
作者側とすれば勝手にネタバレさせてくれるなといったところなのでしょうか。それをされると自身の作品を読む必要が失くなってきますし。況してやそれがダイジェスト的な内容であればなおのこと、それが多くの人前に出ればそれだけ影響が出ますしね。
通常それは宣伝として集客の効果があると期待されているから放置されているだけで、自身の作品の売れ行きが落ちて代わりにそれが注目を浴びているとなれば作者としては面白くなく、結果そこに責任転嫁を行う形。もちろん影響はあるのかも知れないですがそれでもそれって言い分が作者に都合が好過ぎません?
感想文でダイジェスト的な引用をする者に問題があるのは確かなのですが、そこはその者がどのような意図を持ってそれを行っているかの問題。その作品を以て自身の評論を上としたいのか、それとも感想を以てその作品を持ち上げたいのか、そこが本質となるのでしょう。引用の許容条件の一つにその対象はあくまでも主張に従属するものであり主題であってはならないといった感じとなっていますしね。
……って、あれ? これだと今の私の述べた意見と逆になる? この場合評論の方こそが作品を従に置いており、感想の方こそが作品を主としていることになる?
さて、こうなると、学校の教育で行われている読書感想文はどうなるのでしょう。生徒にそれを課している学校はいかなる存在となるのか。まさか生徒たちに犯罪行為を課しているということにならないのか。
商業的な目的ではない? それは詭弁ではないでしょうか。仮に学校教育が無償で行われていたとしても、それは営利が0というだけであって法人として行われていることに変わりはなく、また私立のそれは運営のための授業料を取るわけですからたとえ授業の一環であっても商業的行為に変わりはないはず。
それにそれら読書感想文はときとしてコンテストに懸けられることもあり、優秀なそれは作品として称賛され物質的な副賞を得ることもあるわけで、これもまた利益が発生する。
──などと、例によって悪意的で過激な解釈ですけど、これも見方の一つなわけで。この作品においては私的疑問という形をとっていますけど、このを理屈を実際に用いればどうなることやら。それこそタイトルのような『本を読み 感想文で逮捕され』なんてことも起こり得るのかも?
ということで、少なくともこれからの学校教育は生徒に著作権の概念を用いた教育が必要となってくるのでしょうね。(苦笑)
教育における読書感想文は例外?
それとも対象はパブリックドメインに限定されている?




